【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】8

2017年10月12日 23:17

【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】
龍田恵子
第1章 こちら救命救急センター
救命救急センターは社会の縮図⑧

現在、世界のほとんどの国では「脳死は人の死」とされ、脳死下での心臓、肝臓、肺臓、腎臓などの移植が日常の医療として確立されている。しかし、日本では、臓器移植法に基づき、臓器を提供する意思がある場合にかぎって「脳死は人の死」としている。
脳死には、大脳と小脳さらに脳幹(呼吸・循環機能の調整や意識の伝達など生きていくために必要な動きをつかさどる)がすべて障害を受けて機能しなくなる「全脳死」、脳幹が機能を失う「脳幹死」がある。アメリカなどは前者、イギリスなどは後者を脳死と認めている。日本では医学的な脳死の判定は「全脳死」ということになっているが、あくまでも社会的には公認されていない。
その脳死の判定は、法令に定められた五項目によって脳死判定が行われている。その五項目とは、1 痛み刺激にも反応しない深い昏睡、2 瞳孔が直径四ミリ以上で固定していて光に反応がない、3 すべての脳幹反射の消失、4 平坦な脳波、5 脳幹の機能を反映する自発呼吸の停止。この五項目を六時間おいて三回判定する、というものだ。そして脳死の人は、だいたい長くても五日以内に死亡することが多い。
年間の脳死患者の発生数は、三〇〇〇〜四〇〇〇と推定され、厚生労働省調査によるデータでは年間一六九五例と報告されている。脳死者の発生場所のほとんど(八〇%)が救命救急センターである。救命救急センターでは年間約一三〇〇例発生しているが、施設数が約一〇〇カ所あるので、ひとつの施設で年間平均一三例、一カ月に平均一例という計算になる。
もし、出産を間近に控えた女性が交通事故に遭って脳死状態となったとき、お腹の子どもはどうなるのだろうか。もちろん、救命救急センターでは一刻も早く分娩させ、赤ん坊の救命にあたる。
脳死出産の成功例は、欧米諸国および日本で合わせて一四例ほどが知られている(二〇〇四年現在)。理論上は自然分娩も可能であり、脳以外の臓器も正常であるから、人工呼吸で酸素さえ与えれば、胎児の生存も可能なのだ。とはいえ、妊婦が脳死状態になってから分娩まで数日以上たっていて、胎児のほうが先に死亡するということもあるから、今明秀が経験した脳死女性の出産は非常に珍しいものだったといえる。

【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】7

2017年10月11日 23:16

連載を再開します。
書籍【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】
です。

龍田恵子
第1章 こちら救命救急センター
救命救急センターは社会の縮図⑦

ホームレスには青森県出身者が多いという。また、全国一の出稼ぎ県は青森県である。近年は長引く不況によって求人数に比例して出稼ぎ者数が減少しているが、遠く高度成長時代に遡ってみれば、青森から東京に出稼ぎに行った人の数はいまの何倍も多く、道路や橋やビル建設の貴重な労働力だった。来る日も来る日も働いてせっせと家族に送金をした。盆と正月、家族のもとに帰りたくても、汽車賃は一カ月の生活費と同じぐらいなので、じっと我慢をする出稼ぎ者も多かった。
東京が欧米の都市にひけをとらないような国際都市を目指す一方で、用がなくなれば職を失う出稼ぎの人も多くいた。その歪みはバブル景気のころから顕著になり、八〇年代後半からホームレスが目立って増え始めたのである。東京の街という街の路上、駅の地下にホームレスが寝泊まりするようになった。ホームレスの急増は社会問題になり、東京都は手段を講じて、彼らのねぐらになっていた新宿駅構内からホームレスを一掃した。一方では、救済の手を差し伸べる地方団体もあり、しかるべき施設で生活を始めた人もいるが、住むところがなく公園や川べりでテント暮らしをする人の数は少なくない。そして、病気にかかっていても知らずに放置し、動けなくなったときには手遅れということも多いのである。
話を元に戻そう。
明秀は同県人としてホームレスの患者をなんとかしたいと思い、彼が生まれ育ったという下北半島にある町役場に連絡した。
「患者さんが青森に帰りたいと言っています。糖尿病がひどくて壊疸になっていたため足を切断しましたが、治療はあと二、三カ月かかりそうなので、そちらの病院に入院させたいのです」
先方は引き受けてくれ、入院先も決った。しかし、ホームレスは足を切断していて歩行が困難なため、地元の社会福祉課に相談した。
「患者さんを青森の病院に移したいのですが、どうすればいいでしょうか」
「青森までのタクシー代を出しましょう」
話は早かった。というのも、シビアな話なのだが、一人の生活保護者にこれからもかかる金額を考えれば、交通費の九万円はいたしかたない出費ということなのだろう。こうして、ホームレスの患者は青森の病院に入院し、糖尿病の治療を受けて無事に退院したという。極めてまれなケースといっていいだろう。
「とても素直な患者さんでした。あのままの状態で退院していたらまた橋の下の生活に戻ってしまって、今度こそ助からないかもしれませんからね」
それから二年後のことである。ひとりの老紳士が救命救急センターを訪ねてきた。
「私はここで足を切断して青森までタクシーに乗せてもらつた者の兄です。長い間、音信不通だった弟と故郷の青森で偶然に再会することができました。青森にはすでに身内といえる者はいませんが、いま弟は施設に入って元気にしています。こちらでたいへんお世話になったと弟から聞いています。本当にありがとうございました」
医師と患者との出会いが、もうひとつのドラマチックな出会いを生んだ。明秀は心底うれしいと思った。
「あの患者さんにとつて生活保護を受けて施設に入ることがよかったのかどうかは別にして、少なくても故郷に帰って健康になって、そしてお兄さんとも再会することができました。お兄さんもずっと音信不通だった弟と何十年ぶりで会えたんですから、よかったなと思います」
救命救急センターには何人かのホームレスが運ばれてきたが、いずれも処置したあとはそのまま帰ってまた元の生活を続けるケースが多い。また、明秀の言うことを素直に聞くようなホームレスは少なく、この青森出身の男性などは珍しいケースで、しかも明秀は同県人ということも手伝って、つい熱心に面倒をみたのである。

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【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】⑥

2017年07月12日 18:32

【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】
龍田恵子 著
第1章 こちら救命救急センター
救命救急センターは社会の縮図⑥

ある日、二十八歳の男性が五十五階建て高層マンションの四十三階から飛び降りた。普通に 考えれば、即死である。救急隊が現場に駆けつけると、男性の身体は地上三階に張ってあった 防護ネ ット (ステンレス製 ・固定)を 一部破損し、さらに下の鋼入リガラスを破り、指と背部 をアルミフレームに引っかけて止ま っている状態だった。意識はあったが、四肢を動かすことができなかったため、全身を固定して搬送された。男性は骨盤骨折だけで 一命をとりとめた。なぜ、助かったのだろうか。
「通常、ビルの五階から落下した場合、即死あるいは重傷ですが、三階の防護ネットに落ちたときに支えていた鉄柱が折れ、一階部分の強化ガラスが割れた。この一、二、三のショック吸収操作があったから助かったんですね。でも、奇跡としか言いようがありません」
さらに別の日、連鎖するようにまたもや同じビルから飛び降りた男性が搬送されてきたが、 こちらも命に別状はなかった。
「先生、助けてくれてありがとうございます。これからはちゃんと生きていきます」
そういって命を救われた患者たちが退院していく 一方で、自殺未遂の患者の中には、「なんで、 命を助けたんだ。なんで、死なせてくれなかったんだ」と怒る人、重傷を負ったことでますま す生きる気力をなくして嘆き悲しむ人、そして退院後まもなく自殺して、センターに運ばれた ときには絶命していたという人もいる。さすがに、悔しさがこみあげてくるという。
「悔しいですね。せっかく命が助かったのだから、生き抜いてほしい。でも、しょうがないのかなと思います。患者さんの背景にあるものはこちらとしてはどうしてあげることもできないのです」
ホームレスの患者が救命救急センターに搬送されてくることもたびたびある。明秀が青森にいたときにはホームレスを見かけることはほとんどなかったので、川口に来て驚いたという。ホームレスの人たちは基本的に、テントやダンボール、公園のベンチなどをねぐらにしているため、猛暑の夏や厳寒の冬はとてもつらいだろう。風呂に入ることもできないし、着の身着のままどいう人がほとんどだ。身体の調子が悪くても病院にも行けず、当然のことながら健康状態は極めて悪い。
ある日、橋の下に住んでいたホームレスの男性が搬送されてきた。糖尿病の合併症のため目が不自由になり、ガラスを踏んでけがをしても足の状態が把握できず、そのうち歩けなくなってしまった。見るに見かねた友人のホームレスが 一一九番通報してきたのである。
ホームレスが搬送されてくると、まず着ているものを脱がすのがひと苦労。何年も着の身着のまま、風呂にも入っていないのだから、強烈な臭いだけでなく全身がシラミだらけの人もいる。殺虫剤で退治して、脱がせた服にも殺虫剤をまいてビニール袋に入れた後に焼却する。それから風呂に入れる。
患者の左足を診察をすると、骨折していた患部にウジ虫がわき、糖尿病の合併症による壊疸を引き起こしていたため足を切断手術した。それから、明秀は身体障害者と生活保護の申請をした。患者の話を聞けば、明秀と同じ青森の出身だった。
次回に続きます…

【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】⑤

2017年07月11日 18:31

【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】

第1章 こちら救命救急センター
救命救急センターは社会の縮図⑤

これらの話とは関わりはないのだが、私はふと二十年ほど前に骨折で入院したときのことを思い出した。病室には六人の患者がいて、隣のベッドは椎間板ヘルニアを患っていた茶髪の高校生で、病室内で喫煙、飲酒をするなど病院の規則を守らない自由奔放な少女だった。彼氏が 遊びに来て消灯時間になってもなかなか帰らず、看護師が見回りに来るとベッドの下に潜り込み、ようやく、帰るのは十時も過ぎてから。何年も入院している国の達者な老女が少女の態度を注意すると、「うるさいよ」である。ほかの患者たちは見てみぬふりを決め込んでいたようだ が、新参者の私は入院第 一日目からこの少女が格別こわいとも感じなかった。それより突然の 骨折で足が痛かったことと、自分の仕事は誰が引き継ぐのかなど心配事が山積みだ ったのだ。 逆に少女は 「あんた、昨夜、痛い痛いって寝言いってたよ。大丈夫かい?」と心配してくれたり、車椅子を押してくれたり、朝の洗顔のときにも手伝ってくれた。「煙草を吸うのなら、喫煙室で吸ったら?」と私がいうと「はいはい、わかりました」などといたって素直な少女だったのである。私は同室の人に「あの子とは親しくならないほうがいいよ。あとが怖いから」と忠告されたこともあったが、聞き流していた。
私が入院して十日後、少女に強制退院命令が下った。「え、なぜ?」という感じだった。ちょ うど同室の患者に対する少女の態度が少しずつ柔らかくなり、普通の会話も交わすようになってきていただけに強制退院とは厳しいと思った。少女が母親に付き添われて退院するという日、「あんたが退院したら、連絡してもいい?」と聞いてきたので、私は 「待っているね」と答え、互いの連絡先を教えあった。しかし、退院し ても少女からの連絡はなかったし、彼女から渡されたメモの電話番号に電話してもいつも留守だった。どこかで元気にしてくれていればいいと願った。遠い日の入院生活の思い出である。
自殺者数は年々増加する 一方である。二〇〇五年六月に発表された警察統計資料によると、 二〇〇四年の自殺者は三万三三二五人で、前年の三万四四二七人から二〇〇〇人以上も減少し たとはいえ、七年連続三万人を超えたことになった。職業別では、全体の半数以上が無職、年 齢別では全体の約四〇%が五十歳以上で、男性の自殺者が全体の約七〇%を占めている。白殺 の直接の原因としては、健康問題や経済 ・生活問題、人間関係のトラブルなどが挙げられるが、 最近の自殺者の急増はやはり社会経済的な要因が非常に強いという傾向にあり、完全失業率の上昇が自殺者数の上昇に比例している。また、自殺を引き起こす要因のひとつにうつ病がある。 うつ病とは簡単にいえば、生きる意欲がなくなってしまう病気で、睡眠障害や食欲不振、集中力がなくなり、人に会うのが億劫になり、興味を持っていたことにさえ目を向けなくなる、などの症状が表れてきて、死へと向かう気持ちが強くなっていく。うつ病の原因は失業 ・受験の 失敗、失恋などの挫折、過重労働によるストレスなどさまざまだ。また、最近は集団自殺、特にネット自殺というのが頻発している。そして、日本は欧米先進国と比較すると世界 一の自殺率になっている。
次回に続きます…