脳卒中チームフェラーリ その3

2018年05月20日 18:00

22時57分(走行時間17分)ドクターカーは自宅前の救急車の前で停車した。
後方の安全を確認して二人の医師は外に出た。
救急車の後ろのハッチドアをノックして近藤医師はドアを上に跳ね上げた。
女性は救急車に収容されたばかりのようで、
血圧測定のマンシェットがまだ膨らんでいる状態だった。
近藤医師は右手の脈を触り、
胸の上がりを目で見て呼吸数と呼吸様式を確認した。
話しかけて構音障害がある発語を確認した。
聴診器をパジャマの中に入れて心臓音と呼吸音を診る。
不整脈を耳と、指と、心電図波形で確認した。
心房細動だ。
上肢のドロップテストと、
顔面麻痺の確認をする。
近藤医師は隊長に「救急車を出発させて下さい。
収容は八戸ER」と。
隊長は機関員に命令する
「現場出発。八戸ERへ」
ドクターカーが現場到着してわずか1分後だった。

 走りながらできないのは呼吸音、心音の聴診だけ。
後はサイレンの鳴る救急車内でもほとんど診療できる。
近藤医師は小山医師に血糖検査、
輸液路確保と採血を頼んだ。
そして八戸ERに置いてきたダイレクトコードブルーPHSに
携帯電話からコールする。
PHSには当直の森医師が出た。
「鮫町を出発しました。
心房細動あり、左片麻痺、
顔面麻痺、構音障害、意識障害ない。血糖値は・・・」
タイミングよく小山医師が伝える
「121mg/dlです。」
近藤医師が携帯電話で話す「血糖値は121です。
脳塞栓を疑いダイレクトCTお願いします。
脳卒中チームフェラーリを招集してください」

 近藤医師の置いていったダイレクトコードブルーPHSが
ERの机の上で振動とともに鳴っている。
森医師は青いストラップがついているPHSを手に取り耳に近づけた。
液晶にはドクターカーの文字。
「はい、了解しました。ダイレクトCT用意します」。
電話を切ってER看護師に伝えた「t-PAの用意してください」
聞いた看護師は薬局に走った。
森医師は放射線技師に内線電話した。
「脳梗塞疑いにドクターカーが出ています。
20分後ダイレクトCTお願いします。
続けて血管造影すると思います。」
ダイレクトCTとは、救急車のストレッチャーでCT室へ直入すること。
(続く)

脳卒中チームフェラーリ その2

2018年05月19日 16:59

救急車が直近の消防署より出発した。
救急指令課は急性期脳卒中を考えて、
ダイレクトコードブルーPHSを鳴らした。
ダイレクトコードブルーPHSは救急医が24時間持つ、
外線電話が直接かかってくるPHSだ。
携帯電話だと院内の不感地帯では通信不能となるが、
院内PHS+外線着信機能だからその心配はない。
救急指令課や救急隊が直接電話してくる。
ドクターカーの出動要請だったり、
救急救命士からの直接助言依頼だったりする。

当直の近藤医師の持つダイレクトコードブルーPHSが鳴った。
「ドクターカー出動要請。
場所は八戸市鮫町。
麻痺がある脳卒中疑い。
最終未発症時刻は1時間半前」。

研修医の小山医師は、ドクターカー研修の必須研修と努力研修の、
病院前外傷救護、多発外傷診療、二次救命処置、
気管挿管、difficult airway、災害トリアージ、
中毒セミナー、脳卒中、敗血症の講習会をすべて終了している。
指導医の近藤医師と二人でドクターカー出動する。
ER前のロッカーから赤い反射板付きの災害服をスクラブの上にはおる。
車にではヘルメットを被る。
現場を走れるように靴は運動靴だ。
研修医によっては内科や小児科を回っているときは、
一足1500円のクロックスを愛用している者もいるが、
血液汚染や針の落下に備えるとクロックスはよくない。
救急研修中はクロックスを禁止している。
22時40分二人の乗ったドクターカーはサイレンと
赤色灯で緊急走行し現場に向かった。
ERを出る前に森医師に伝えていた
「ストローク疑い。最終未発症は1時間前。
心房細動、麻痺あり、70歳代女性、鮫町」
現場は鮫町というくらいだから海岸近くだ。
着くまでは緊急走行で20分くらいかかる。
ERに残った森医師は、
spirits of hachinoheの
バックプリントを背負う青いスクラブのポケットから
アイフォーンを取り出した。
そして緑色のLINEの画面に指で押した。
「カー出てます」の6文字。
「ドクターカー出動中。
脳卒中チームフェラーリ集合」の意味だ。
LINE の相手は、脳卒中チームフェラーリの医師たち。
LINEを送った5秒後に、
森医師のアイフォーンがピロロンと立て続けに5回鳴った。
(続く)

脳卒中チームフェラーリ その1

2018年05月18日 18:57

私が埼玉県の救命救急センターに勤めていた15年前、
イタリア製のかっこいいスポーツカーを愛車にしている友人医師がいた。
赤い色は車高の低いスポーツカーに似合っていた。
エンジンの音は、国産車では聞いたことがない高音の金属音だったので、
その姿が見えなくてもスポーツカーが近づいてくることがだれにも分かった。
長いボンネットの先には跳ね馬のエンブレムが目立つ。

スポーツカーのレースの最高峰にF1がある。
フェラーリの強さの秘密は、車の性能がずば抜けていること、
ドライバーが優れていること。
そしてほかのチームを圧倒しているのが、
ピットインした車のタイヤを数秒で4輪とも交換できることだった。
リーダーの合図で、十数人の赤いつなぎの男たちが、
車の前後左右から車に近づき、すり減ったタイヤを新品のタイヤに交換する。
瞬きする間もなく
車はレースレーンに金属音を排気管から鳴らしながら復帰する。
ピットでの1秒を短縮するために、
赤いチーム員は何年も何か月も訓練する。

 女性は、22時自宅で就寝しようとベッドに入った。
22時30分トイレに行こうと起き上がろうとしたところ、
下肢に力が入らずに転倒した。
左半身に力が入らず、呂律が回らないことにも本人が気づいた。
右足は動いたので、床に右足踵を何度も打ち付けて、
隣室にいたはずの夫に合図をしたが気付いてもらえなかった。
2階の娘が物音を聞きつけて訪室した。
女性が後に「体がタコのようになって足と手がぐにゃぐにゃだった」と表現している。
娘はタコになった母親を見て驚いた。
母親の訴えは呂律が回らないせいもあり全く聞き取れなかった。

22時33分娘は119番通報した。
娘は電話口で、はっきりと、麻痺があること。
呂律が回らないことを告げた。
救急指令課は尋ねた。
「いつも通りに元気だったのは何時頃ですか」
「22時に就寝した時は歩いていた」と。
(続く)

脳卒中チームフェラーリ、集合せよ

2018年05月17日 18:01

日経メディカルに掲載されています。
医師、医学生なら無料で読めます。、
一般市民は無理かもしれません。

脳卒中チームフェラーリ、集合せよ
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/cadetto/column/kon/201805/555940.html

チームプレーで脳梗塞を“劇速”救命
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/cadetto/column/kon/201805/555941.html


日経メディカル編集担当者からのメッセージです。

「ピットクルーのようなすさまじい速さのチームプレーに
編集部内でも「すごい」「感動した」との声が挙がっています。
救急を志す多くの医師の心にもきっと刺さるコラムとなったと存じます。」

読めない人のために、
明日、文章を掲載します。

泥沼からの劇的救命 最終

2018年05月16日 19:12

一体、この男性一人を救命するために、
何人が関わったのだろか。
それに報いるためにも、
高度な蘇生処置と蘇生後治療が続く。

劇的救命を信じて。
・・・・・・
努力は報いられた。
救助、救急、ドクターヘリ、救命救急、救急看護、リハビリ、
総力で挑戦した。

男性は2週間後、廊下を歩いていた。
リハビリを開始できるまで元気になった。
笑顔がある。

「感謝しきれない。
薄れる意識の中で死を覚悟した」と

3週間後に、自宅へ退院。
劇的救命だ。


泥沼からの劇的救命 完