交通事故2件同時発生 その8

2018年03月18日 18:46

「胸郭の動き左右差ありません。
皮下気腫ありません。
左胸郭に動揺あります。
SpO2は98%」
別な研修医は
「超音波で腹腔内出血なし、心嚢液なし、気胸なし、
血圧230です」
「それからDの評価します」研修医
Dとは、意識障害の略語
dysfunctionの頭文字。
「痛み刺激で目が開かない。
声は出ていなかった。
痛み刺激で上肢が突っ張る除脳硬直。
瞳孔は
対光反射なしです。」

今野副所長は切迫するDを宣言した。
切迫するDとは、
脳ヘルニアが切迫する危機的状態という事。
致死的頭部外傷が原因のことが多い。
脳ヘルニアの説明をしよう。
頭部外傷で出血して脳が腫れる。
頭蓋骨の内側の容量は一定。
脳は頭蓋骨の中に一杯に膨らむ。
頭蓋骨は一か所底の方向に骨がない場所がある。
そこめがけて腫れた脳はあふれ出てくる。
それが脳ヘルニア。
骨がない場所に、生命を管理する重要な神経がある。
腫れがその重要な神経を押すので、
極端に意識が悪くなる。
命が亡くなる。
そうなる前に、治療が必要だ。

「それではCT室へ移動するよ」
今野副所長の号令で、女性はERを出てCT室へ向かった。
(続く)

交通事故2件同時発生 その7

2018年03月17日 18:44

救急隊の押すストレッチャー上で今野副所長は橈骨動脈を触る。
かなり強く触れた。
直ぐに瞳孔を見た。
右左の大きさが違う、
瞳孔不動だ。
頭から出血がある。
「重症頭部外傷だ。
こちらもCT撮りますよ。」今野副所長は、
隣のベッドでこれから
CT室へ向かうとしている栗原医師たちに聞こえるように大声で言った。
こちらもCT撮るので、先にショック患者をすぐに撮って戻ってきてちょうだい。
とういう気持ちがこもっていた。
今野医師の合図で、患者は救急隊ストレッチャーからERベッドに移った。
あらかじめ救急隊からの情報で、
「意識障害あり、舌根沈下」がわかっていたので、
ナースは気管挿管の準備を済ませていた。

「先に挿管するよ。
7mmチューブだよ」
銀色のマッキントッシュ喉頭鏡を優しく喉に進める。
右手には芯棒が入った気管チューブを持つ。
そしてアッと言う間に、
気管挿管を成功させた。
その間に、研修医たちが輸液路を確保した。
血圧計が数字を出した。
血圧230mmHg.
高い。
高血圧と昏睡状態、瞳孔不動は、
脳圧亢進、脳ヘルニア、クッシング徴候だ。
オレンジ色のバックボード上で今野副所長は、バッグバルブマスクで換気をする。
いつもなら毎分15回くらいだが、
毎分30回で換気した。
過換気にすると、血中の二酸化炭素が減る。
二酸化炭素が減ると、脳の細かい血管が収縮する。
その収縮した分だけ、脳の体積が減る。
頭蓋骨の中で、脳挫傷により脳腫脹し脳の体積が増えて、脳の圧力が上がっているので、
その圧が限界を超えているので、脳が押しつぶされて虚血になる。
それを、二酸化炭素を減らすことで、治療するという事だ。
今野副所長は過換気しながら、呼吸の評価と循環の評価を研修医に命じた。
研修医は、1年目の秋に、多発外傷初期診療の講習会を全員受けている。
朝8時から18時まで続くハードな実技講習会(PTLS)だ。
そのおかげで、多発外傷に初期診療に自信を持って参加できる。
国内で、研修がこれほど正確に多発外傷を診療できる病院はそう多くない。
(続く)

交通事故2件同時発生 その6

2018年03月16日 18:43

19時9分、119通報から丁度1時間後、
ようやく栗原医師と患者を乗せた救急車は八戸ERに到着した。
血圧は69、呼吸数18回。意識は回復し呼びかけで開眼する。
O型輸血が開始された。
動脈圧測定のカテーテルを橈骨動脈に穿刺する。
徐々に血圧は戻る。
大量出血で大量輸血が必要な時は、
点滴が1.5L入る前に輸血を開始すると、救命率が上がる。
1. 5L入った後で輸血する決断では遅い。えき
体温は34度で下がっている。
血液検査で凝固機能を見る。
凝固機能が破たんしていれば、止血は困難。
アシドーシスを見る。
アシドーシスがあれば、
ショックから立ち直れない。
レベルワン急速加温輸液装置で加温しながら輸血しCT室へ移動する準備をしているときだった。

19時31分ERの自動ドアが開いた。
冬の冷気が、外から入り込む。
ERのスタッフは一斉に外とつながる自動ドアの方を見た。
「〇○救急隊です。交通事故の傷病者です」
先のドクターカー事案のショック患者が入室して20分経過していた。
救急隊長は傷病者の頭に立ち、
バッグバルブ換気していた。
ERナースと、ごく一部の医師は、
もう一名の交通外傷患者が間もなく搬入されることは知っていたが、
先のドクターカーの患者に全力投球しているときだったので、
不意打ちに近かった。
患者は、虚脱状態で、呼吸は完全に人工呼吸に頼っていた。
四肢の動きはない。
今野副所長は、ドクターカーショック患者から離れて、
この昏睡患者にとりついた。
ERナースも2名参加する。
(続く)

交通事故2件同時発生 その4

2018年03月12日 18:34

ドクターカーに無線が入った。
救急隊が現場を出発したという。
「ショックと意識障害でロード&ゴー」
少しして今度はドクターカー携帯電話が鳴った。
「血圧測定不能、橈骨動脈蝕知できない、
意識はJCS三桁。
骨盤周囲の皮膚の血種と下肢の変形短縮あり、
骨盤骨折による出血性ショック。
心停止前のショックに対する輸液の特定行為の許可をもらいたい」
骨盤骨折にたいする、
骨盤固定帯サムスリングの許可をもらいたい」
栗原医師は
「輸液と、サムスリングをやってください。
ドクターカーは45号線北上中です」

栗原医師は気管挿管の準備を後部席で始めた。
「あとどれくらいですか」
「ドッキングポイントまであと3分です」

栗原医師はERに置いてきたダイレクトコードブルーPHSを鳴らした。
「はい、ダイレクトブルーです」野田頭所長
「○○町の交通事故事案です。
ショック、骨盤骨折疑い、意識障害です。
あと3分でドッキングです」栗原医師

八戸ERのテーブルに置いてあったダイレクトコードブルーPHSがまた鳴り響いた。
野田頭所長がでる。
「上十三消防指令センターです。
○○町で交通事故。
歩行者と車。
女性が1名意識なし。
ドクターカー2号の出動はできるか」
「えっつ、
いまドクターカー1号がその○○町へ出動中ですが、
その現場のことですか」
「いいえ、○○町で、同時に二事案発生しています。
2事案とも、意識なし」
「ドクターカー2号は出せません」
「はい、了解」
上十三消防指令センターは、2事案目は救急隊単独対応とした。
(続く)

交通事故2件同時発生 その3

2018年03月11日 18:40

上十三消防指令センターは、
ドクターカーに無線を入れた。
「上十三消防指令センターより八戸ドクターカーどうぞ」
「はい、八戸ドクターカーです」栗原医師
ERからの電話を切った直後だった。
「〇〇町で交通事故。傷病者は女性1名。意識なし。
救急隊が現場へ向かっている。
ドクターカーを要請します」
「八戸ドクターカー了解。
すでに、○○町へ向かっています。
現在地は八戸市内田面木です」栗原医師
「上十三消防指令センター了解。
ランデブーポイントは下田警察前」
その無線の内容は、ドクターカー内にスピーカーで流れる。
天井で鳴り響くピーポーサイレンに負けない音量でトヨタラブフォーの室内に流れる。
ドライバーはうなずきながら
「了解。下道で向かいます」無線に応えた。

八戸ドクターカーの出資は、八戸市を含めた近隣町村から100%出ている。
上十三消防地域からはもらっていない。
しかし
「必要があれば、圏域を超えてドクターカーを出動させてもいい。
それは八戸のプライドだ」
と、八戸市長の弁。
という事で、
今日も、ドクターカーは圏域を超えて縦横無尽に出動する。

ERでは当直に入った今野副所長、日中のER当番の居残りで近藤医長、佐々木医師。日中のドクターヘリ当番を終えたばかりの藤田医師、夕回診を終えたばかりの野田頭副所長、長谷川医師がいた。

栗原医師を乗せたドクターカーは、北に向かう。
圏域や出資金、市立病院にこだわらない
県南全域を守る八戸のプライドを背負っての出動だ。
(続く)