ドクターカー・ジェット機 その4

2017年01月18日 17:14

後部席の二人に、挨拶をする。
「救命救急センター所長今明秀です。
緊急事態ですので、
ドライバーは私です。
よろしくおねがいします。
三沢空港まで30から40分です。」
「所長自らおそれいります」
「いえ、ドライバーを用意できませんでした。
でも大丈夫です。
緊急走行の経験は専属ドライバーの次に私はありますから」
運転席右下にある
ピーポーサイレンスイッチを押した。
けたたましいピーポー音が天井から室内に響いた。
3000ccターボエンジンの低い排気音とサイレンがシンクロナイズする。
見送りの院長や職員に会釈をして
私は緊急自動車ドラバ―になりきった。
以後、わたしは、後部席と会話することなく、
運転に集中して前を見た。
医療のことは考えない。

公道を走る周りの車たちは優しく車線を譲ってくれた。
ドクターカーが完全に認知されているこの街の有利点だ。

離陸の30分前に空港に到着した。
二人の医師と初めてまともな会話をした。
そして別れた。

帰りは、通常走行で走った。

病院へ1時間後に着いた。

臓器提供手術はすべてが終了していた。
・・・・・
もう一つのイベントがあった。
それは、先ほど摘出された腎臓のこと。
その一つの腎臓が
八戸市立市民病院で
患者に移植される。

腎臓移植手術はすでに八戸市立市民病院で始まっていた。
臓器提供手術と、
臓器移植手術、
両方を同時にできる施設は国内にそう多くない。
病院の総合力だと思う。
一流の証だ。
・・・・・
この日の臓器提供や
腎臓移植手術とは無関係に
ERは大混雑していた。
腎臓移植手術が佳境に入ったころ
ドクターカー1号が出動した。
(続く)


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記事内容から患者が特定されないように
掲載時期は、大幅にずらしています。
記事はニュースではありません。
救急医療を国民に理解いただくことが目的です。

ドクターカー・ジェット機 その3

2017年01月17日 18:13

私は、ERに置いてあるドクターカー2号のカギと車庫のカギを持ちだす。
ERから職員玄関へ向かい、さらに車庫に走る。

すでに、臓器移植ネットワークの職員と
病院事務職員が職員玄関で心配そうに待機していた。
院長から肝臓を運ぶために、
ドクターカーを出すことがスタッフに伝わっていた。
車庫のカギはリモコン。
私は外を走りながら、リモコンの白いスイッチを押す。
走りつく頃に、車庫のシャッターが全開になっているはず。
1時間まえから雪が降り始めた。

車庫のシャッターはほぼ開いていた。
車庫1の入り口から、車庫2のドクターカーV3のアルミホイールと
まだ走っていない汚れがない黒いタイヤが見えた。
白いボディーにドクターカーV3のロゴが際立つ。
その隣がドクターカー2号だ。
車庫1に入る。
ドクターカー2号の右前タイヤに接して置いてある
オレンジ色の車止めを外す。
ドクターカー2号エスクードの右前ドア開ける。
乗り込み、スイッチを右に捻る。
3000ccターボエンジンが回り出す。
ギアをドライブに入れて、ゆっくりと車を出す。
後ろ向きにシャッターの閉まるスイッチを押した。
白い雪が降っていた空は明るい。
大丈夫だ。
三沢空港は北方面だ。
運転席下にある赤色灯スイッチを押した。
車庫を出てから右へ、また右へ、また右へ。
200m位徐行で走る。
職員玄関に車をつけた。
まだ、移植医の姿は見えない。
「よかった、間に合った。
ロスタイムない」
私は、運転席から降りて、時計回りに車の後ろへ回った。
そして、外へ出ていた臓器移植ネットワークの職員と病院事務員、院長の方へ歩く。
すると、自動ドアから移植医の二人が大きなクーラーバッグを持って出てきた。
自動ドアから車まで5m。
彼らはまっすぐに車に向かう。
私は、反時計回りに車の後ろを回り、
運転席に座った。
フロンガラス越しに院長にOKサインを出す。
(続く)

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記事内容から患者が特定されないように
掲載時期は、大幅にずらしています。
記事はニュースではありません。
救急医療を国民に理解いただくことが目的です

ドクターカー・ジェット機 その2

2017年01月16日 18:11

ドクターカー2号は八戸飛行場に向かった。
約15分で八戸飛行場についた。
すでに、中日本航空の白いサイテーションが駐機していた。
ドクタージェットで使う機体だ。

名古屋空港を朝離陸して、八戸に午前9時頃着陸した。
給油を終えて、エンジンンアイドリング状態だった。
尊い患者の命が別の場所で別の患者にリレーされる。
ドクターカーからジェット機、そして消防ヘリコプターへ。

・・・・・・
肝臓は二つに分けられて二人の肝臓不全患者に移植される。
小さな左部分は大阪大学で10歳未満の子供に、
大きな右部分は名古屋大学で60歳代男性に移植される。

腎臓は二つある。
膵臓と腎臓は東京女子医大で30歳代女性に移植される。
残りの腎臓は八戸市立市民病院で40歳代男性に移植される。
眼球は弘前大学へ運ばれる。

肝臓を二つに分ける手術は難しい。
体から取り出してから二つに分けるので、
血管と胆管の区別がつかない。
細い管を全て糸で結んでから切離する繊細な手術が行われる。
肝臓は三沢空港から午後の定期便で伊丹空港に向かう予定だった。
しかし、二つに分離する手術に手間取った。
予定時間をオーバーしたせいで、三沢発のJALの時間が目前に迫った。

私は、その時間手術室から退室していた。
その問題に気付かなかった。
院長から私に電話がかかってきた。
「肝臓を三沢空港に運ぶための、
余裕時間がない。
タクシー移動だと、間に合わないかもしれない。
ドクターカーを出せるか」
「はい、いいですよ。
三沢空港までですね。
今すぐですか」
「10分以内」
「すぐ用意します」
ドクターカー2号はヘリポート横の車庫に入っている。
午前中に、心臓と東京大学の医師を乗せて
八戸空港に出動したばかり。
日常救急はドクターカー1号で藤田医師が今日の当番だ。
2台あるドクターカーは
医師が救急、緊急と判断すれば
使える。
正確にはドクターカーV3を加えれば3台だが。
(続く)

ドクターカー・ジェット機

2017年01月15日 18:10

朝の冷え込みは今日も強かった。
西日本から北国にきた移植医たちは自身の軽装に後悔していた。
ホテルを出た彼らは身震いしながら、
八戸市立市民病院に向かった。
北日本とはいえ、
日の出は午前7時ちょうど。
まだ真っ暗な外にでた移植医たちは
深呼吸してから今日の重大な手術の成功を天に祈った。

外の外気温度とは違って、
院内は快適な室温だった。

2時間のミーティングの後、

移植医たちは、
手術室へ移動した。

八戸市立市民病院からの〇回目となる
脳死下臓器提供手術がもうすぐ始まる。

患者は午前8時に手術室へ移動する。
・・・・・

患者から手術で頂いた
心臓は柔らかくて、健康だった。
煙草を吸わない男性の心臓は丈夫だった。
きっと、このきれいな心臓なら
移植はうまく行く。

心臓はドクターカー2号とジェット機、
東京消防庁のヘリコプターを乗り継いでで東京大学へ向かう予定。

ドクターカーのドライバーは野田頭副所長、
安全確認で助手席には私。
後部席には東京大学の移植医2名と、
30分前まで患者の体で鼓動を打っていた心臓。
心臓はショックアブソーバー用に、三重に生食とビニール袋を使い、
優しく扱う。
それをクラ―ボックスに入れる。
(続く)

ドクターカー2号 最終

2017年01月08日 18:41

救急車の後ろ姿を見送ったあと、
濱舘医師は、ドクターカー2号に乗る。
赤灯のスイッチを切って、
無線機に向かう。
「ドクターカー2はこれより病院へ戻ります」
「消防八戸了解」
濱舘医師は、赤灯のスイッチを切った。
右にウィンカーを挙げて、
ハンドルを西に切った。
どんよりした冬の空が西の八戸方面につながる。
「これじゃ、夕方までドクターヘリは運休だな」
話かけても助手席の藤田医師はもういない。
一人ボッチで
スズキエスクード3000ccターボのアクセルペダルを踏んだ。
四輪駆動車は、しっかりと雪道を走った。

・・・・・

医師が運転するドクターカー2号やV3.
さまざまな意見はある。
医師が運手しなくてはならないのか?
なぜ専属の運転手を採用しないのか?
国内に複数のドクターカーを同時に運用している病院はない。
しかし、ロンドン市は複数のドクターカーを運転手付きで運用していると聞く。

八戸のサンダーバード作戦
空陸同時出動+陸陸2台出動
誰も手掛けなかったドクターカー運用をここで初めている。
まず実績を示す。
劇的救命を実行する。
市民を救う。


チャレンジングな救命救急活動をどうぞ見守り下さい。

ドクターカー2号 完