突然の強い胸痛 その10

2018年04月30日 18:38

ヘリコプター内では、
酸素チューブをストレッチャー左側の携帯酸素タンクからヘリコプター内の配管されている、酸素コルベンに繋ぎ繋ぎ変える。
心電図モニターを付ける。
血圧計を巻く。
患者と室内会話できるようにヘッドフォーンを男性にかぶせた。
「エンジンスタートどうぞ」私は機長に向かって声をかけた。
「はいわかりました」機長は計器を見て、
正面パネルの下中央のバッテリーメインスイッチを引っ張って押し上げた。
続いて
左右のエンジンのコンピュータースイッチを引っ張って押し上げた。
天井のメインローターがゆっくり回り始める。
後部席では、
男性に声をかけながらてきぱきとモニター類の装着がされる。
整備長が、機体の周りを肉眼で異常がないことを確認し一周する。
メインローターの回転数がだんだん早くなる。
整備長が左前ドアを外から開けた。
まず左足をスキッドに載せた。
それから、両腕で体を持ち上げ、
右足をコパイロット席の床に挙げた。
さらに体を持ち上げ、腰をシートに着座させた。
体を正面視させ、ドアを閉める。
ドアの窓の下側の縁に上方に飛び出しているドアの開閉ノブを反時計回りに90度回した。
少しの抵抗の後、ロックされたのが指に伝わる。
直ぐにシートベルを締め、ヘルメットを被る。
エンジン音が高くなる。
機内では、大声でないと会話できない。
私も、ヘルメットをかぶってシートベルトを締めた。
それからナース、田中医師、患者の様子を見る。
「機長、後ろの離陸準備はOKです」
「はい、間もなく離陸します」
後ろに乗っている我々も、エンジン音の高さで
まもなく離陸できることがもヘルメット越しでも耳で確認できる。
ナースは
「もうすぐ離陸です」
と、男性に口パクと、手のタッチで合図した。
(続く)

突然の強い胸痛 その9

2018年04月29日 18:38

私は、ヘリコプターストレッッチャーの右前の位置について、
右前車輪をヘリコプターの床に載せるように約15cm持ちあげた。
対面の左前車輪は、消防隊が持ちあげた。
整備長はストレッチャーの前車輪が15cm持ちあがったことを、
感じた後で、
ストレッチャーを両腕で押す。
ストレッチャーの二つの前車輪は、
クラムシェルドアが閉まるはずの床を滑り、
ヘリコプターの長軸に沿ってゆっくりと進んだ。
整備長は、ストレッチャーの最尾側についている脚の収納ロックレバーを握り、
脚を折りたたむ。
それまで高さ1mくらいのストレッチャーだが、
脚が縮むと高さ30cmくらいになる。
ストレチャーの左側面には
携帯酸素タンクが着いている。
黒い酸素タンクとナースシートがぶつからないように、
整備長はストレチャーを押す方向を微調整する。

ナースは先回りしてOJTシートに座り、
ヘリコプター内に進入してくる男性の載ったストレッチャーを誘導する。
定位置まで進むとそれ以上ストレッチャーは進まなくなる。
ストレッチャーを後方から押していた整備長は、
ストレッチャーの最後尾からわずかにはみ出していた後方車輪を、
90度回転させ、最後尾ラインにそろえる。
ストレッチャーをヘリコプター床にロックする。
救急資器材で、ヘリコプター内で使用しない物を、
後方荷物収納スペースに置く。
クラムシェルドアを閉じて、
2か所のロックを外からかけた。
(続く)

突然の強い胸痛 その8

2018年04月28日 18:37

「3Mドレープをチューブごと貼るよ」私
ナースは、粘着剤が片面に着いた、
透明フィルムを私にくれた。
「隊長、2分後にヘリコプターへ患者を収容したい。
モニターや酸素チューブを整理して頂戴。
収容は八戸ERです」

子供のお菓子のおまけシールは、
裏の紙部分をはがすと、
良くくっつく。
3M粘着ドレープの裏紙をはがし、
私は、チューブごと、3M粘着ドレープを右胸壁に貼った。

男性の表情は見違えるようになった。
ハッチドアが開き、
患者のストレッチャーが外へ誘導された。
春の日差しが男性の顔をさらにいい色に反射させる。
機長が男性に声をかける。
ドクターヘリの経験が誰よりも長い機長は
「少しの間まぶしいですけど、
直ぐにヘリコプターに乗りますから。
そうすればまぶしさはなくなります」と
男性はうなずいた。
救急車ストレッチャーからヘリコプターストレッチャーに患者を横移動させる。
救急車内では、呼吸困難のため左側に斜めに傾き、座っていいた男性だが、
胸腔ドレーンが効果を発揮し、
仰向けになれるようになっていた。
EC135の患者収容のクラムシェルドアは、観音開きになる。
間口は広い設計だが、
ストレッチャーを座位にしたままでは入れることができないことがある。
体格が大きい患者が座位だと、入り口に引っかかる。
フラットにすれば問題なく入る。
私は、30度に上体を挙上していたストレッチャーをフラットにしようとした。
「約、15秒間ベッドを水平にします。
我慢してください。」
すると、整備長が
「これくらいの体格なら、
わずかに挙上しているくらいなら
ヘリコプターへ入りますよ」と。
「では、上体を挙上のままお願いします」
整備長は、治療の必要性があってストレッチャーを30度挙上していることを理解している。
心不全や、肺の病気で呼吸困難を訴える患者には、
座位や、30度挙上がよく選択される。
そのことを経験上理解している。
(続く)

突然の強い胸痛 その7

2018年04月27日 18:36

鉗子で開いた胸膜から空気が漏れる。
ふつうは、胸腔に空気はない。
肺の中には空気はあるが、
肺の外(外を胸腔という)には、空気はない。
むしろ空気はなく、陰圧だ(真空に近い)。
真空の胸腔に空気が大量に漏れていることは、肺に穴が開いていることを示す。
これを気胸をと言う。
ペアン鉗子を抜いた。
今度は、田中医師が人差し指を優しく胸腔に進める。
胸腔は空気でいっぱいだった。
普通ならすぐそこにあるはずの肺の膨らみを触れるのだが、
なかった。
用意した、胸腔ドレーンを進めた。
胸腔ドレーンがうまく胸腔に入れば、
チューブの内面に水蒸気がつく。
呼吸と一緒に水蒸気がついたり取れたりする。
レントゲンがない現場で胸腔ドレーンを入れた後で、いい位置かどうかの確認法だ。
「隊長、胸腔ドレーンはうまく行ったよ。
これから、車をヘリコプターに近づけてください。」私
「機関員、車を移動!」隊長

ここで、胸腔ドレーン特有の問題点を挙げる。
本来胸腔は陰圧だ。
肺に穴が開き、空気が胸腔に漏れて、胸腔が陽圧になる。
これが気胸。
痛くて苦しい。
胸腔ドレナーンで余分な空気を抜くと、
痛みは消える。
しかし、胸腔ドレナーン(チューブ)を入れるだけでは元の陰圧にならない。
大気圧に戻るだけだ。
チューブを吸引して陰圧にする必要がある。
それには、外に排液はできるが、
中に空気が逆流しないことが必要だ。
陰圧(真空)にする必要がある。
専用の胸腔ドレーンバッグを使う必要がある。
でもその用意には少し手間と時間がかかる。

ここで
私がいつも気胸に使う応急一方向弁の作り方を紹介しよう。
手術用のゴム手袋の、人差し指または中指の部分の指先のゴムを5mmくらい切り取る。
手袋の手首の部分をチューブの端に、粘着力の強い絆創膏で、気密性を良くして貼る。
チューブから出てくる余分な空気は手袋の指先の穴から抜ける。
胸腔が陰圧になり、外気を引き込みやすい状態になると、
手袋のゴムが密着し空気は胸腔に逆流しない。
この方法は「ハイムリッヒバルブ変法」。

男性に入れられた、右胸腔ドレーンから勢いよく空気が漏れ出ていた。
ゴム手袋は広がり縮みを繰り返し、
着実に胸腔を陰圧にしていった。
(続く)

突然の強い胸痛 その6

2018年04月26日 18:35

田中医師は手術用手袋を履いて
(青森、北海道では手袋を履くという)
イソジン消毒を始めた。
私は、頭側の隊長に、右手を挙上する体位をお願いした。
タクシーを止める時の手の挙げ方だ。
腕を上げることによって、
肋間が開く。
チューブを入れやすくなる。
腕を普通に降ろした状態に戻すと、
皮膚は肋骨の上を滑り尾側に移動する。
肋骨は動かない。
胸腔に入れたチューブが、腕を挙上して上下の肋骨の間から入るわけだが、
その肋骨の間の貫通点と、皮膚の切開部との距離が腕を下すことで変化する。
長くなる。
つまり、皮膚の下のトンネルが長くなる。
このことで、ドレーンの感染が少なくなる。
隊長は男性の腕を挙上した。

「意識清明だから局所麻酔をするよ、
ドレーン(チューブ)の固定は、
粘着の3Mドレープで胸壁ごと貼り付けるよ」私
ナースはうなずいた。

田中医師は、局所麻酔を中腋窩線、第5肋間の皮膚に注入した。
メスで2cm皮膚を切る。
肋骨の真上で切開するので、
勢いあまって、肺まで傷つけることはない。
肋骨の骨膜でメスは止まる。
しっかりとメスで肋骨の骨膜近くの深さまで切る。
一刀のもとに切る。
それから、曲がりペアン鉗子を使う。
いま開けた皮膚切開に鉗子を入れ、肋骨の上縁を滑らせで垂直に胸腔に鉗子を進める。
このとき曲がりカーブを利用する。
肋骨上縁が曲がりの中心側になるように、鉗子を進める。
2秒で鉗子は胸腔に貫ける。
この時鉗子は開かないで、
閉じたまま、胸膜を貫く。
硬い抵抗のあとで、
鉗子が胸膜を貫く感触が手に伝わる。
貫いたら、今度は鉗子の先を開く。
徐々に開く。
この時患者は痛がるが、
声をかけて励ます。
「緊急処置は上手くいっていますよ。
痛いのはこれで終わりです。
呼吸はすぐに楽になりますから」
男性は、うなずいた。
(続く)