日没はもう直ぐ、十和田湖ピストン飛行 その4

2011年10月29日 19:30

救急1が駐車場に入ってきた。
ハッチが開く。
「木川先生、後ろの患者を、私は前を見るから、佐々木ナースはヘリ搬送の男性についていて」私
救急1の前横ドアから乗りこんだ。
第一印象はABCDすべてOK.
「どう、木川先生、こちらは軽症そう」
「はい、こちらの同じ」木川医師
患者はバイクの二人乗り。
収容病院の希望を聞いた。
「ここは山奥、病院まで遠い。
救急車だと、1時間以上。
ヘリで八戸まで15分。」
患者は迷っていた。
「日没後だと、ヘリは迎えにこれない。先に重症者を八戸へ運ぶから」
「八戸でおねがいします」
私は、チラッと、ヘリを見た。
すでに、患者はヘリ搬入されていた。
会話をヘリ搬入し終えた野田隊長が聞いていた。
「安心しました。これから青森県病まで救急車搬送は室は困難です。
今、防災ヘリが十和田湖を捜索中で、そちらの対応もあります。
救急隊が手一杯です。ヘリ搬送していただければおお助かりです」
「そのことも、想定済み。ここから陸路搬送は、患者も苦痛だし」私
佐々木看護師が近づいてきた。
私は宣言した。
「まず、男性を八戸救命に私と佐々木ナースで運ぶ、木川医師は、残り2名の患者とここに居残り。ドクターヘリは八戸でタッチ&ゴーでまたここへ戻ってくる。その時は佐々木ナースのみで八戸を離陸する。ここから木川医師、佐々木ナース、患者2名で離陸する。
日没は17時29分、てきぱきしないと、木川医師は今晩帰れない」
16時47分離陸。
着陸と同じくらい慎重にEC135は垂直に上昇した。
私は、CSに無線で、3名全員八戸ERで受けることを伝えた。
給油時間内に、ヘリポートでERストレッチャーへ患者を受け渡すことを伝えた。
「わたしは、給油をすぐにします。左のドアを開けないで下さい。それから、患者の搬出は、民さんでお願いします。約5分間です。」
「はい、分かりました」私

17時3分八戸着陸。
メインローターが停止してから、私は右ドアを開けて外へ出た。
右ドア後ろの機外電源口には機外バッテリーがすでにつながっていた。
わたしは、すっかりメインローターが止まってから、
お尻のクラムシェルドアの2個のロックをはずした。
ゆっくりと観音開きのドアを開けた。
ドラム缶を左側給油口に運んだ整備士は、直ぐにクラムシェルドアに来てくれた。
へリストレッチャーの左下レバーを握りながらストレッチャーを引き出した。
安部医師がERストレッチャーを横付けした。
佐々木ナースもそばにいた。
私の合図で、患者はバックボードごと、ERストレッチャーへ横移動した。
整備士は開いたヘリストレッチャーをヘリに収容した。
そして、クラムシェルドアをロックした。
給油はまもなく終わる。
佐々木ナースは、機内に再び乗り込んだ。
ERへ申し送りは私が残るので省略できる。
患者を乗せたERストレッチャーをヘリポートドアから院内で入れた。
そして、ドアを閉めた。
ドアから10m離れないうちに、エンジン音が外で聞こえた。

風が弱いことが味方した。
飛行は順調だった。
再び、十和田北の御鼻部山展望台へEC135が姿を見せるときは、
影法師がさらに長くなっていた。御鼻部山の南斜面は十和田湖に向けて急ながけを作る。
西に傾いた太陽は、そこより高い山がない分、西の宇宙から直接この御鼻部山を照らしていた。
南斜面の岩肌がオレンジ色に変色していた。
湖面は、キラキラ光る。

最初のときと同じように、EC135は御鼻部山展望台駐車場へ上手に着陸した。

1人はヘリストレッチャー、1人は座席にという、申し合わせ通りに、
患者をヘリに収容できた。
(続く)


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