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六ヶ所村の邂逅  後編

2011年09月22日 19:42

(転院搬送中の重複要請、軽米医師のピックアップも成功して六ヶ所に向かう)

「離陸します。シートベルトを確認して下さい」と機長。
比較的新しい吹流しが、風のないことを示していた。

9時46分、垂直に離陸した。

JA112D の機首は北東を向く。
津軽富士岩木山が美しい。
青森市浪岡地区を通過し、青森空港の南を飛び、八甲田山の麓モヤヒルズスキー場の真上を飛ぶ。
もちろん、真夏のスキー場には誰もいない。
みちのく有料道路のトンネルの上を通過すると、左に烏帽子岳が見える。
烏帽子岳の山頂に立っている、数本のアンテナもはっきり見える。

野辺地湾が見え、野辺地町が見えた。
そこから太平洋側を目指す。
大小の湖沼が眼下に広がる。

その中の大きな小川原湖の北に、第二中学校はある。
陸上競技グラウンドには、赤車と白車が停車していたがドクターカーは未着。

JA112Dは左旋回しながら高度を下ろし、着陸態勢に入る。
地上で支援しているオレンジ色のレスキュー隊は、全員ゴーグルをしていた。
ダウンウォッシュに耐え、こちらに腕で合図を送っている。

10時09分、芝のグラウンドに JA112 が着陸した。
私、軽米医師、ナースの順に左ドアから降りる。

救急車は、赤い競技トラック外環の道路に停車していた。
後ろのハッチが開き、そこから私とナース、左横ドアから軽米医師が入る。

車内には、見覚えあるけど名前が思い出せない若い医師がいた。
彼から短い申し送りを受けるはずだったが、彼はなぜか入れ違いに車から降りた。
それでも救急車の中は狭い。

患者は気管挿管されていた。
胸には体外心臓ペーシングのパッドが貼られている。
しかし、開眼して手を握ることができる。
輸液は生食がつながっていた。

「けいれんのはず・・・これはどういうこと?」思わず、つぶやいた。
「ABCDはOKです」軽米医師はすばやく診察を始めている。

「ペースメーカーが作動している。
 自脈を診てみよう。ゆっくりペースメーカーの心拍数を落としてみて」
「心拍数45で、自分の脈がよく触れます」軽米医師
「徐脈がありそうだ。意識は良い。この状態で維持しながら運ぼう」私は宣言した。

車を降りて、若い医師に近づいた。
そこで思い出した。
3年前に会った飯田医師だ。
当時は、琉球大学医学部学生だった。
「久しぶり、飯田君。ところで、どうしてペースメーカーが付いてるの?」
「徐脈、けいれん、意識障害で、挿管と体外式ペースメーカーをつけました。
 それでペーシングしたら意識が戻りました」飯田医師が応える。
「けいれんは、脳梗塞のせいじゃないんだ」
「心臓由来だと思いました」
「よくやった。それだけしっかり鑑別して緊急処置までできれば、立派だよ」
私は褒めた。

「軽米先生、アダムストークス発作あるいは心室細動でけいれんだ。
 挿管継続、ペースメーカーも心拍数を落として継続。
 そして鎮静が必要だ。ジアゼパム投与、量は任せる」
「心臓超音波検査と12誘導心電図を行います。心筋梗塞が最悪のシナリオですね」
「持ってきます」とナースは12誘導心電図モニターを取りに、ヘリへ走った。

「いま、研修医?」飯田医師に聞いてみた。
「はい、静岡県伊東市民病院です」飯田医師は嬉しそうだった。
そして続けた[地域医療を学びに六ヶ所に来ています」
(完)


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