スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

帰ってきたJA112D その5

2011年08月15日 20:22

(外傷外科医コンビが現場開胸に挑む)

ちょうど救急車が停車した。ヘリコプターに近づいたようだ。
「車から降ろして左開胸するよ!野田頭先生、左側で用意して」

救急車内は狭くて、緊急手術は難しい。
そしてストレッチャーはすぐ左が壁なので、左胸の手術は更に難しい。

ハッチが開き、患者を乗せたストレッチャーが外へ出された。
ポンプ隊がすばやくブルーシートを周囲にめぐらし目隠しを作る。

「消毒不要、そのままメスで始めて」
「はい」
メスが第5肋間に走る。
出血はない。
指で胸膜を貫くと、血液が噴出した。
西川看護師が前もって、左胸下に吸収パッドを入れていた。
「心嚢(心臓を包む膜)が破れてる。大量血胸あり。」と野田頭医師。
「それは心破裂だ。」私
「えっ? この視野では分かりませんよ」
「心嚢破裂は心破裂を合併している。このまま ER へ運ぶよ、あとは輸血」

14時11分、現場離陸。
「青森ドクターヘリ1より八戸市民病院、左開胸手術中。
 ヘリポートにガウンを着て待機お願い、ER で手術を続ける。O型輸血も準備して」
「八戸市民病院オールコピー」と CS の返答は小気味良い。

14時22分八戸に着陸。
吉岡医師、吉村医師が水色の手術ガウンで迎えてくれた。
いつもより速く走り、患者を ER へ入れた。
ER で手術器具を展開し、引き続き手術が始まった。
やはり、心臓に孔が開いていた。

私はドクターヘリに残って、床に落ちた血液やイソジンを拭き取っていた。
それから、医療廃棄物を複数のビニール袋に分別して集めた。
ER では、野田頭医師たちにより手術が続けられているだろう。

そしてヘリポートから離れようとしたとき。
機長が病院建物から走ってきた。

「続けて出動あるかも知れません」
「それじゃ、すぐに器材を載せ換えます」
私は、両手に赤い外傷バッグ、肩に青い救急バッグを担ぎ、ER へ向かった。

ER のベッドでは、明るい無影灯の下で手術が始まっていた。
「この視野では心臓が見えない」野田頭医師。
確かに、左緊急開胸では心臓手術は難しい。

「胸骨横断して、右に切開を延長。クラムシェル切開だ。」
私は術野を遠巻きに見て言った。

「西川さん、出動のこと聴いた?」
「はい、準備しています」

14時31分、やはりコードブルー PHS が出動を知らせてきた。

「野田頭先生は ERに残ってちょうだい。私1人で現場へ行く。南部町で脳卒中らしい」
ER の2ベッドに群がる救急医たちに別れをいい、颯爽と走り去る・・・筈だった。
が、視線が気になる。
6月から八戸救命の一員になった新美医師だった。
京都生まれ京都府立医大卒。愛知県で初期研修。それから集中治療後期研修に進んだ。
そして今年6月、救急を学びに八戸にやってきた。

「新美先生、行く?」
「良いんですか?」
「急ごう、その半袖のスクラブの上に、長袖の災害服を着てね。暑くても我慢だよ」
暑い夏の日に消耗しても、現場出動は長袖が原則。

(続く)


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://doctorheli.blog97.fc2.com/tb.php/751-694e2866
    この記事へのトラックバック



    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。