帰ってきたJA112D その3

2011年08月13日 23:32

(八戸復帰の初日、外傷外科医コンビが労災事故の患者に接触する)

10時55分、私たちは救急車の中で患者に接触した。
冷汗は消失しているが、脈は速い。
左上肢は、肘を直角に曲げた状態でシーネ固定されていた。
出血部位にはガーゼが当てがわれ、その上から弾性包帯で圧迫されていた。
救急救命士のうまい処置だ。

私はガーゼを離して傷を確認した。
ざっくり避けた傷、筋肉は切断されていた。異物もある。
でも骨は大丈夫。

輸液と鎮痛薬を注射した患者を、付添う娘と一緒に EC135 に収容する。
それから私は、青森県病に電話をかけた。
「収容OKです」齋藤医師の心地よい返事が返ってきた。

野田頭医師に任せ、私はヘリを降りた。
娘さんまでヘリに乗せると定員オーバーになるから。
11時05分、私は現場から油川署まで消防に送ってもらい、
それからタクシーに乗って青森県病に向かうことにした。

11時07分、私の現場離脱に次いで EC135が離陸した。
救急車内からハッキリ見えた JA112D の文字も、あっという間に小さくなる。

11時15分、私は油川消防署に着いた。
「もうドクターヘリは県病に着いたのかなあ」
そんな事を思いながら、タクシーで青森県病へ移動した。

すると、西川看護師から携帯電話が入った。
「11時13分に県病ヘリポート着陸し、患者受け渡し終了。これから給油します。
 今先生はどうしますか?」
「あと15分で県病に着きます。その前に出動要請があったら、どうぞ離陸して下さい。
 でも、待っててくれたら嬉しいけど」

11時45分、県病ヘリポート到着。
ちょうど給油を終えた EC135に乗り込んだ。

11時48分、県病から離陸。
まだ八甲田山は雲の中だった。
帰りも野辺地町の近く、烏帽子岳の北を通過する。
そして12時17分、八戸着陸。

八戸 ER には、若手の医師が溢れるほど集まっていた。
8月1日から救命ローテートの星・鳩山・松前研修医と、先月から研修中の片岡研修医が、
ER 当番の丸橋、赤坂、吉岡医師の指導を受け、次々運ばれる患者に悪戦苦闘していた。
また、この日は順天堂大学5年生の鳴海君が見学に来ていた。
東京生まれの鳴海君は研修医に人気の八戸の秘密を見に来たという。
私は彼を7階の救命病棟デイルームに案内し、マンツーマンで1時間ほど研修の話をした。

13時36分、二度目のドクターヘリ出動コードブルー PHS が鳴り響く。
三沢消防からの要請だった。
「鳴海君、悪いけど話はこれで終わり。ドクターヘリ出動だ」
言うなり CS室に急行した。

(続く)


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://doctorheli.blog97.fc2.com/tb.php/749-33c3132e
    この記事へのトラックバック