八戸基地旅立ちの日~641回の出動を終える~ その2

2011年06月02日 22:52

論文をまとめて、救急車で救えなかった命をドクターヘリで救える可能性が出てきた。
その時から、根拠と確信をもってドクターヘリ誘致を続けた。
しかし、青森県庁からは冷ややかな視線を受けた。

それどころか、青森県庁から驚くような話が飛び出した。
「青森県には、救急医師が少ない。
 ドクターヘリに乗る医師も確保できないし、ドクターヘリの予算も組めない。
 だから、フライトナースだけで防災ヘリに乗せるシステムを作る。」
世界に類を見ない看護師のみで出動する「フライトナース構想」だ。

救急救命士と同様に、日本では看護師の救急処置に大きな制限がある。
気管挿管、胸腔ドレーン挿入、薬剤選択の資格がない看護師だけで効果は望めない。

私は、これに反対した。
フライトナースより、むしろドクターヘリを誘致すべき。

もっとも、私が反対しても県の政策は変わらない。
フライトナースは10名近く養成された。

その頃、県病の救急医に会ったときに交わした会話。
「八戸で、近いうちにドクターヘリをやるよ。市長にも頼んでいる。」
『もし、ドクターヘリが八戸で始まったら、自分も乗せてください。』
「いいよ」
県病に赴任したばかりの若い救急医に約束した。

八戸市は驚くほど早く、「ドクターヘリ配備」を最重点目標に指定した。
私は、ドクターヘリ運行に向けて着々と準備を続けた。
実機を持ってきて、訓練を数回行ったりもした。

4年前、ドクターヘリの専門部会が始めて開かれた。
うれしかった。
ようやく、会議の議題に乗る。

その会議の冒頭で、私は次のように主張した。
「青森県は県土が広く山脈で分断されているので、ドクターヘリは2機必要。」
「1機でも予算をつけるのがむずかしい(当時、県負担約8,500万円)のに、2機なんて話にならない。」
出席した委員の大半に、押し切られた。
2機用意できない理由は、お金だった。

さらに強い多数意見が、「ドクターヘリは県中央で行うべき」だった。

ドクターへリ基地病院が地理的要因で決まるなら、航空医療の専門家は不要だ。
第一、県中央で運行しているドクターヘリは少ない。
多くは、敷地内にヘリポートがある救急の先進病院だ。
だから、青森なら八戸しかありえないと確信していた。

そして2007年12月、青森県ドクターヘリに予算が付いた。
基地病院は、青森県病に決まった。
「何年もかけて構想・準備をしてきたが、力及ばずです。
 青森市で、できるだけ早く運行してもらいたい。救急医療がきっと良くなります。」
私は新聞の取材に答えた。

2008年12月、青森県庁医療薬務課課長から直接言われた。
「県病では、まだまだドクターヘリが開始できない。
 国から予算がついた都合上、今年度中にドクターヘリを始めたい。
 今すぐにドクターヘリを開始できるのは、県内に八戸しかない。お願いできますか?」
「何年間くらいですか?」
「当面の間」

ようやく2009年3月25日、八戸でドクターヘリが開始された。
県知事からも県庁職員からも、「よく開始に漕ぎ着けてくれた」と感謝された。

しかし当初の2ヶ月ほど、出動件数は少なかった。
「結果を出してほしい」と県庁職員から発破をかけられた。
私は、あくまでヘリコプター救急医療の質を高くするため、毎日ヘリに乗り続けた。

そして1年が過ぎた2010年3月。
ドクターヘリ出動件数は約250に達した。
救命できた尊い命も多数あった。
初年度は合格ラインだった。

(続く)


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