八戸基地旅立ちの日~641回の出動を終える~ その1

2011年06月01日 18:50

2009年3月25日本州最北端大間岬へ出動が青森県ドクターヘリの1回目。
それから約2年2ヶ月間で641回の出動を数えた。

そして2011年5月31日午後13時30分。
EC135は八戸市立市民病院へリポートを、機長と整備士だけ乗せて離陸した。
その4時間前、青いトレーラーを載せたトラックが青森市へ出発した。
ドクターヘリを格納庫から引出すトレーラーも、二つの基地病院を行き来することになる。

本当に、八戸からドクターヘリがなくなる日が来てしまった。
当たり前のように、ヘリコプターで現場出動をこなしてきた青森県の東半分の当地域だが、
これから2ヶ月間のブランクが開く。

県知事と県庁は検証するのが大事と強調する。
県中央においてどのような効果があるか。
そんなことは世界中、日本中がすでに立証済み。
さらに、八戸でも。

何を検証して、検証結果がどうだったら何を変えるのか。
私には聞こえてこないし、理解もできない。

昔の話になる。
9年前、埼玉県に住んでいた私に青森県病から誘いがあった。
「県病で仕事をしてくれないか」「面接にきてほしい」

私は青森市で、県病幹部と面接した。
県病「救急専門医がほしい」

私は言った。
「私はやりたいことがあります。
 ドクターヘリを使って本当の広域救急システムを作りたい。
 救急専門医による三次救急をやりたい。
 外傷手術で患者を救いたい。救急医を育てたい」

県病の幹部の返事はこうだった。
「ドクターヘリの予定はない。今の救急を維持してくれれば良い」
「それなら、私の目指すことと違います」

ほぼ同時に、八戸からも勧誘があった。
八戸では、要望のすべてを応援してくれるという。
そして八戸への赴任を決定した。

「ドクターヘリを誘致して、青森県の救急医療を変えたい。」

八戸赴任直後、青森県内の救急仲間の飲み会でこういった。
「夢物語だね」
多くの人は笑った。
「ドクターヘリは、都会の大きな救命救急センターの話。青森県では無理」
「雪が降るから無理」
「重症患者はそんなに多くない」

私はそれでも宣言した。
「都会でドクタ-ヘリを飛ばしている救急医と青森県に来た私を比べて、
 それほど見劣りするとは思えない。
 ここにも人が住んでいる。
 救急を良くするドクターヘリは、ここにも必要なはずだ。」

半年後。
國松元警察庁長官と益子教授から、お呼びがかかった。
益子教授
「現在ドクターヘリを飛ばしている病院で、
 ドクターヘリではなく救急車で搬送と仮定した場合との比較研究が進んでいるが、
 ドクターヘリがない地域で運用を開始できたらどう変わるか、の研究はまだだ。
 今君、やってくれるか」

國松警察庁長官
「ドクターヘリを、最低各県一機配備する。国会で法案を通したい。
 医療から根拠ある論文を出してくれれば、後はがんばる」


「青森県は、お金の問題でドクターヘリに否定的です。
 私の論文で、それが変わるかも知れません。」

益子教授「頼んだよ」

【地方都市でドクターヘリを運用したと仮定すると、どう変わるか】
直ぐ研究に取り掛かった。
その論文は、今もヘムネットに掲載されている。

救命救急センターに救急車搬送された症例の分析からみたドクターヘリの必要性に関する研究
※右クリックでPDFファイルをダウンロードできます

結論:地方都市でも、救急車で救えなかった命をドクターヘリで救える可能性がある。

その時から、ただ騒ぐだけの誘致ではなく、根拠あるドクターヘリ誘致に変わった。

(続く)


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