東北関東大震災その9 ドクターヘリ県内搬送

2011年03月24日 23:15

震災2日目の3月12日朝を迎えた。
八戸市と周辺の太平洋側では、地震と津波の被害が大きく深刻な状況だった。

震災初日、八戸ER は92名(うち救急車38台)の患者を診療した。
このうち入院になった患者は47名、残り45名は帰宅。
30床ある救命救急センターは、オーバーベッド。つまり予備ベッドに寝てもらう。
救命病棟の43床も満床で、一般病棟の空室を全て一晩で使ってしまった。
しかし病棟看護師も ER 看護師も救命救急センター看護師も、そして放射線技師も検査技師も弱音を吐かなかった。

弱音を吐いたのは医療者ではなく、物流や施設の担当者だった。
問題1:電力が持たない。
大電力を消費する治療は、中止または転院とされた。

問題2:酸素が持たない。
酸素投与の節約と、酸素を止める患者の選別が必要とされた。
また人工呼吸器を外す患者も、家族の同意を得ながら検討が進められた。
しかし、家族がいる避難所までの電話は不通。酸素の節約は思うように進まない。
そこで、人工呼吸器が必要な患者を転院させることも必要と思われた。

問題3:給食が継続できなくなる。
特に流動食が最初に不足する見込みとされた。

問題4:新たな重症患者を受けるため、救命救急センターに空床を作る必要がある。
市内の総合病院に転院を頼める先はなく、労災病院、日赤病院はいずれも八戸の砦。

そして八戸市立市民病院救命救急センターは、最後の砦。北東北の医療の最終防衛線。
ここが敗れれば、岩手県北部から青森県南の太平洋側は総崩れになる。


重症患者を遠隔地に転院させる作戦を練った。
搬送手段はドクターヘリ。通常陸路救急車利用150kmの距離を、直線空路25分で運べる。
前日は津波を避け、高台の八戸飛行場に避難したドクターヘリだったが、
この日の朝8時には、いつも通り八戸市立市民病院へリポートに戻っていた。

本日のドクターヘリ当番は明石・軽米医師。
私は弘前大学高度救命救急センター浅利教授に電話して、弘前大学の受入れ許可を得た。

10時17分、浅利教授との電話中にドクターヘリコードブルー PHS が鳴り響いた。
「五戸町で意識障害の男性」
ドクターヘリ通信指令室へ駆け込んだ明石、軽米医師が掴んだ情報は、これだけ。

10時22分ドクターヘリは離陸、ランデブーポイントは浅田支所駐車場。
10時31分に着陸、救急車が3分後に到着した。

バイタルサイン、血圧左右差、血糖、意識レベルと脳卒中スケール確認、エコー、輸液。
10時47分離陸。ヘリコプター内で心電図12誘導を検査する。
「ダイレクト CT の準備お願いします」
明石医師はダイレクトブルー PHSに電話を入れた。
ダイレクト CT とは、ヘリポートから直接 CT 室に行って撮影を行うこと。
現場から診療開始しているからこそ、できること。

10時54分、八戸市立市民病院着陸。
患者は CT 室で撮影を行った後、ER へ入室した。

さぁ域外搬送だ。まずは1人目。
11時57分、最初の県内搬送患者を乗せた EC135が離陸した。
70歳代男性、地震後の火事で火傷して昨夜入院。手術が必要な3度熱傷が25%ある。
12時30分、弘前大学ヘリポートに着陸して弘前大学への転院が完了した。

13時00分、離陸。
13時24分、八戸市立市民病院に着陸。

続いて2人目。
13時46分、離陸。敗血症で腎瘻(腎臓から尿を外へ出す管)を留置した男性。
持続透析治療、人工呼吸器接続、気管切開状態。
14時18分、弘前大学着陸。屋上へリポートから2階の救命救急センターまで送り届けた。
14時45分、離陸。
15時08分、八戸市立市民病院に着陸。

そして3人目。
昨夜入院した女性で、出血性ショックと頭部外傷。
循環は安定したが、頭部外傷の治療が必要。搬送先は青森県病。
受入れてもらうのに少し苦労したが、大病院には良くあること。気にしない。

さらに4人目。
14時にER を受診したばかりの在宅酸素療法を受けている男性。
停電で酸素が作れず、自宅での生活は無理。入院するしかない。
発災と同時に、何人もの在宅酸素療法患者が八戸 ER を受診した。ほぼ全員が入院。
周辺医療機関は停電のため、休診か診療規模を縮小している。

この男性も同じ。院内に備蓄した酸素も、もうすぐ底をつく筈だ。
「今から青森市の病院へ入院することをお勧めします。こちらで手配できます」
男性は、了承してくれた。

エンジンスタートして一旦は離陸したドクターヘリを、再び着陸させた。
3人目の女性はストレッチャー、4人目の男性は椅子に座らせた。
15時30分、八戸離陸。
15時56分、県病ヘリポート着陸。
明石医師は、男性患者に付き添って青森市の近藤病院へ向かった。
16時43分、県病ヘリポート離陸。
17時05分、八戸市立市民病院着陸。

まだまだ5人目。
被災患者が集まったのは八戸 ER だけではない。近くの青森労災病院も同じ。
16時に青森労災病院から、弘前大学へ頚髄損傷患者のヘリ搬送を頼まれた。勿論OK。
最終離陸は、日没1時間前。十分間に合うはずだった。
さらに八戸市民病院救命救急センターから、6人目の患者を弘前大学へ運ぶ計画だった。

ストレッチャー2台を同時に入れて、ドクターヘリ搬送する。
1台はドクターヘリストレッチャー。もう一台は床に敷いたバックボードに寝かせる。
しかし床にバックボードを置くため椅子を撤去する必要がある。作業時間は約15分。
間に合うはずだった。

17時05分、近藤病院へ送り届けた明石医師がドクターヘリで八戸へ戻ってきた。
タイムリミットぎりぎり。
「椅子を外す作業は無理だ。このままで、労災病院の患者だけ弘前大学に送る」
残り2人の同時搬送は諦めて、5人目だけの単独搬送を決断した。

17時16分、八戸離陸。
17時46分、夜間照明に照らされた弘前大学ヘリポートに着陸。
18時09分、夜間照明の助けを借りて EC135は薄暗い空に向け離陸した。

その20分後、サーチライトを照らした EC135が西の空に現れた。
八戸市立市民病院へリポートの夜間照明は停電のため、車のヘッドライトで代用する。
P1060310.jpg

18時37分、EC135は 安全に着陸した。


夜間着陸


そして迎えた震災2日目の夜。
八戸 ER とドクターカーは、前夜ほどではないが多くの市民を救う。
ER 当直の最上医師がみんなに聞いた。
「今夜の応援に入る順番を決めましょう。ER が大盛り上がりする前に SOS します。」
一気に5人の手が挙がった。いい仲間に囲まれて幸せだ。

そら、歩いてきた患者が ERに押し寄せている。
災害はまだまだ始まったばかり。


コメント

  1. 八戸ドクターカー1 | URL | hChi9nWY

    転院搬送

    いつもブログ拝見させて貰ってます八戸救命も停電で酸素が底を付くのに頑張ってますねドクターヘリを使って県病や弘前大学に転院搬送ご苦労様ですERの皆様、ヘリのパイロット、整備士、ヘリ担当のフェローさん達地震で大変だと思いますがお体に気をつけて下さい

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