東北関東大震災その4 三陸沿岸にDMAT出動

2011年03月15日 23:36

八戸市立市民病院救命救急センターは今回の震災に、
3月15日の時点までに3回のDMAT出動を行っています。

そのうち、ドクターカー2号車を使って三陸沿岸に出動した隊が本日帰還しました。
後日また経過などを説明しますが、取り急ぎ収録した画像を提供します。

こちらは、久慈市の南隣にある野田村です。撮影は3月14日朝です。
(撮影中に電話などで通信を行っていたため、音声は削除しました)

見て分かる通り、中心街の被害は甚大でした。
特に、右折して渡る橋の向こうにあるはずの川が、家屋などの瓦礫で埋まっています。



石巻や宮古などの陰に隠れ目立った報道がなく、DMAT 連絡網でも情報に乏しいため、
野田村の人的被害について情報を得ることも目的として、出動を決定しました。

実際には自衛隊や全国の消防緊急援助隊や警察が入って支援が行われており、
また適切に避難所が設置され、必要な住民は避難生活に入っていました。

詳しくは、また改めて。


コメント

  1. ららび | URL | qJNckEwc

    素敵なブログですね
    とてもおもしろいです
    また遊びに来ます

  2. やまっち | URL | -

    天災との戦いが始まりました。私も当日宮古の病院で仕事をしておりました。長い揺れ、不安な中、自己発電のみの病院、時間と共に搬送される患者様、夜明けるにつれてつれ、被災者が搬送される増加してくる中、患者様対応におかれるDr.病院スタッフのなか、電力復旧目処がないとの話で、結局次の日に盛岡にやっと帰ってきました、ラジオの中で、増加する被災者の数、なぜ、天災がきて、平穏な街を、襲ったのだろうか?やるせない、悔しい何とも言えない気持ち口惜しさで車の中で叫びたくなりました。日々ます、犠牲者、とても悔しいです。発生後直後から隣県、諸外国からの救援部隊の方々の到着、ご協力をいただき、岩手の県民として深く御礼を申し上げたいと思っております。福島の原発の事象、いま、ある種の危機に、皆立ち向かい、戦っている最中、復興する迄はまだまだただと思いますが、、この危機を乗り越えようと皆必死です。皆で乗り越えられると信じ乗りきりましょう。私は直接患者様に立ち会う仕事ではなく、病院の医療機器を安定稼働させる為に必死になってます。岩手にも早くドクターヘリが導入を望んでます。きっと叶うというか、望みます。八戸ERスタッフの皆様に深く感謝致します。

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