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史上最大のサンダーバード作戦 その2

2011年02月17日 19:58

(朝からラピッドドクターカー要請が続く。)

ドクターカー出動から戻った吉村医師、野田頭医師は、センター回診に合流した。
すでに重症室の回診は終了し、残りを回っているところだった。

「どうだった、さっきのドクターカー」私が聞くと、
「心不全で低酸素、危機的状況でした。気管挿管で危機を脱しました」と吉村医師。


2回目のドクターカー出動要請は、まだ救命救急センターの回診中だった。
先ほど帰ったばかりの吉村医師が持つダイレクトブルーPHSが鳴る。
みんなが注目するので、吉村医師は先方の言葉を復唱する。「八戸市◎◎で窒息。」

27歳の吉村医師が走り出した。
「だれか一緒に来て下さい!」吉村医師が応援を求める。
それじゃ私が行く、と52歳の私も走りだしたが、河野医師が待ったをかけた。
「今先生、ヘリ番ですよ!」
「あーそうだった。じゃ、ヘリ番を今だけ代わって」
私は赤い帯のついたドクターヘリ出動PHSを河野医師に手渡した。

エスクードのエンジンは、まだ掛かっていなかった。
私は所定の場所からエンジンキーを受け取り、車に戻って運転席でキーを回した。
まだ冷めていない八戸ラピッドドクターカー2号のエンジンは、軽く吹け上がった。
ちょうどそこに、地図を抱えたドライバーが到着。
赤灯をつけたラピッドドクターカー2号は、八戸 ER を出発した。

ドクターカー2号が着く5分前に、救急隊が現着していた。
そして、心停止を確認した。
すかさず、救急隊はCPRを開始。
支援のポンプ隊もほぼ同時に到着している。搬出の手はずも整っていた。

村井隊長が掛けたダイレクトブルーPHSに出たのは ER 当番の明石医師。
気管挿管すべきかどうかの相談だった。
「窒息CPAなら、気管挿管して下さい」明石医師

村井隊長は佐々木救急救命士と共同で気管挿管に挑む。その間もCPR が続けられる。
モニター付きAEDの波形は、CPRに同期したきれいな波形が出ていた。

八戸ラピッドドクターカーは、その瞬間に現場到着した。
救急車を目印に向かうと、玄関には消防隊員が立っていた。「中です」

靴を脱ぎ患者宅に上がり、板張りの食堂に入ると、毛布の上に患者が横たわっていた。
顔色は悪く、口には透明なチューブが固定されていた。
「ドクターカーただいま到着」私は宣言に続けて、村井隊長に質問した。
「現場に留まる時間はあと何分?」

「できるだけ短く」村井隊長の返答も短い。
「それじゃ、ここでアドレナリン1mg注射する。そのあと車内へ移動しましょう。
 吉村先生、チューブ位置確認の間に、輸液の準備をして」
言いながら私は、ハサミで患者の右袖を切り裂く。「細いけど、20Gいけるよ。」

しかし、残念ながら最初のトライは失敗。そして時計を見る。「あと3分で現場離脱。」
村井隊長は、自動胸骨圧迫装置を取り寄せていた。
「もう一度刺すよ」もちろん、この間もCPRは継続。
信念で刺す。今度は成功。現場での血管確保は、いつも難しい。

患者は大勢の消防隊と救急隊に抱えられ、自動胸骨圧迫装置に胸を押されながら救急車に収容され、救急隊現着から13分後に現場出発した。

揺れる救急車内で、エコー検査を行う。
大きな心臓は、ほとんど動いていない。心電図波形はPEA(無脈性電気活動)。
2回目のアドレナリンを注射し、その1分後に頚動脈の拍動を指で確認した。
「心拍再開、10時28分」私は声高に宣言した。

さらに2分後。
「脈が触れる心室頻拍です」吉村医師
「マグネシウムを入れよう」私
「了解」

私はダイレクトブルーPHSへ、携帯電話で患者情報を伝えた。
「病院到着まであと3分」隊長から声がかかる。

患者は ER で循環が安定し、救命救急センターで低体温治療が開始された。
そして3回目のドクターカー要請も、八戸市内からだった。

(続く)


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