胸部刺創

2011年01月31日 22:10


14時35分、救急要請。
「家族が、胸を包丁で刺した」

救急車1台が現場に向かう。
14時44分 救急隊現場到着。
14時55分 ドクターヘリ要請。

「自損の胸部刺創、若い女性」
EC135 は、格納庫から気温マイナス4度の空間へ、青いトレーラーで引き出された。

15時ちょうど離陸。
フライトドクターは光銭医師と安部医師。フライトナースは加藤看護師。

上空で消防から無線が入る。「出血が多く、ショック状態。」
ヘリ機内に緊張が走った。
胸腔ドレーン、輸液路、超音波、心嚢穿刺、気管挿管。
処置を想定しながら準備する。

15時13分、陸上競技場に着陸。
血まみれ、頻呼吸。重症(sick)だ。
経皮酸素飽和度は91%、もちろん酸素は10L/分で投与されている。

左鎖骨中線より内側のエリアに穴があるときは、心臓損傷をまず考える。
このエリアを、ザウエルの危険区域という。
(ザウエル危険区域:上下は鎖骨~心窩部,左右は左鎖骨中線~右鎖骨1/3。
 この範囲にナイフが刺さると心臓損傷の可能性が高い)

二人の医師は、手分けして診療を開始する。
呼吸数は60回。撓骨動脈は弱く、脈拍は毎分130回。

腕に針を刺すが、静脈路を確保できない。
ショック状態で手足の血管が収縮しているから。

ようやく腕に血管を確保できたが、もう1ルート必要だ。
今度は鼠径部、太ももの付け根に太い針を刺す。

そして注目は超音波検査だ。
心嚢液があれば、心臓に穴が空いている証拠。
前から刺さっているナイフなら、右心室が危ない。
右心室は壁が薄く、自然には止血しない。拍動も大きいので、出血スピードが速い。
超音波検査では、心嚢液はなし。ほっとする。

左胸に大量に溜まっている血液が、超音波で見えた。
胸に開いた穴からも出血が続く。

解決すべき問題は、左血胸によるショックと呼吸不全。
親指ほどの太さがある32Frの胸腔ドレーンを入れる。
出血が続くとき細いチューブを入れても、血糊でチューブが詰まってしまう。
だから外傷では、太いチューブを使う。

左第6肋骨の真上に3cm ほど皮膚を切開したら、鉗子[カンシ]で筋肉を分け、その下にある胸膜をゴツンと貫く。
鉗子の先を開け左第5肋間が開いた瞬間、赤黒い血液が救急車の床に飛び散った。
しかも次から次へドクドク出る。その直後、酸素飽和度は100%に上がった。成功だ。

開けた穴から32Fr の胸腔チューブを胸腔に入れる。
チューブの縫合固定はしない。粘着テープでチューブと胸壁皮膚を一緒に固定した。

ヘリコプターに患者を収容する。離陸したのは15時44分だった。
「青森ドクターヘリ1より八戸市民病院、大量血胸です。
 血圧88、脈拍132、呼吸30回。胸腔ドレーン留置ずみ」

15時53分八戸着陸。
八戸ER では彼女に、精神科医と救急医による治療、救急看護師による看護が始まった。


コメント

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  2. 津軽の救急医 | URL | TT8FmkVs

    救急車内での左胸腔ドレーン

    やや不謹慎な言い方かもしれないですが救急医が本領を発揮する外傷ですね。

    読んでいて一つ疑問に思ったのですが、救急車に収容した状態で左の胸腔ドレナージをするには何か特別な工夫があるのでしょうか?術者が立つ場所が無いですよね。
    患者さんの右側に立ってかがみながらやるしかないのでしょうか?

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