雪の温泉旅館 その3

2011年01月07日 19:04

(電線や雪が邪魔をする狭い駐車場へ、ドクターヘリが着陸する)

05この近くに降りる

「進入は北から行くよ」機長
風を正面に受けて着陸する。教科書通りだ。

上空から見ると駐車場は狭く、雪が積っている。
線路と線路に挟まれた新橋駅のホームに着陸するようなもの。
小型の EC135だから着陸できるとはいえ、やはり離れ業。すごいテクニックだ。
私たちは機長の集中力を削がないように、会話を控える。

「降りるよ」機長
「いいよ、いいよ」整備士
いつもよりゆっくり降りる。
左の森の針葉樹が揺れる。森の下には電線と電信柱。
さらに降下する。エンジン音は先ほどと変わらない。機体の揺れはない。

左の電線と同じ高さになった。
メインローターと電線がもっとも近くなり、緊張が最高潮になる瞬間。
メインローターの先端から風で大きく揺れる電線まで、5m 足らずにも感じる。

機長は左右に首を振って目で確認、整備士は死角になる左を睨む。
そのままゆっくり降下する。機体は揺れていない。
電線が目の高さに見える。雪煙が舞う。その下の黒いアスファルトがちらりと見えた。

「こちら八消55。前にも電線がある、注意して」消防隊
「確認済み」整備士。
視線は電線の高さより低い。

整備士は左ドアを開けて、身を乗りだす。
「いいよ、いいよ、後ろも、左も」整備士

右の街灯との距離は十分。
ゆっくり降下を続け、ついに着陸。硬いアイスバーンだ。
「凍っていますから注意してください。左のドアを開けます」整備士が説明する。

実は、まだ安心できない。
エンジン出力とローターの回転力、氷とスキッドの摩擦力、いずれも微妙なバランスだ。
どこかバランスが崩れると、機体はフィギュアスケーターのように回転するという。

機長はエンジン出力を一定に保ち、機体が接地してからも機体の安定を保っている。
整備士は寒さで顔がこわばらせながら、一足先に左前ドアを開けて外に出た。

左後ろドアが外から開けられた。私、丸橋医師、看護師の順で降りる。
背をかがめて真横方向に抜け、走らないように、滑らないように、慎重に急ぐ。

メインローターからのダウンウォッシュに背中を押される。
そしてメインローターの下を抜けてから、背筋を伸ばして走った。

振り返ると、こちらに向かっている看護師の後方で、
摩擦と回転力のバランスが崩れたのか、 EC135がわずかに回転しはじめた。
しかし、すぐにメインローターは停止し、機体はわずかにズレただけで静止した。

救急車、そして旅館の玄関まで30m。
ポンプ隊の一人が私に近寄り、青い救急バッグを持ってくれた。
さらに丸橋医師が私と並び、同時に旅館の玄関へ飛び込んだ。
客の視線に会釈して直線で浴室へ走る。
男湯の青い暖簾をくぐると、裸の男性と、CPR を行う救急隊と消防隊がいた。
11時12分、医師患者接触。

頚動脈は触れない。やはり心肺停止だったか。
救急隊も先ほど現着したばかり。患者情報を連絡する余裕はなかっただろう。
古川隊長にバッグマスクを継続してもらう。「丸橋先生、ルート確保して」
私は、心エコーを当てた。「心タンポナーデはない、PEAだ」
「古川隊長、気管挿管するよ。」
と言うなり、素早く気管挿管を済ませた。

丸橋医師は血管確保に手間取っている。
左腕、右腕とゴムを巻いて静脈を探すが、患者の血管は細い。
「それじゃ私は、内頸静脈を刺すよ」
丸橋医師は黙々と3回目の挑戦を続けている。私は首をアルコール綿で消毒し始めた。
先に穿刺成功した方へ点滴を繋げる。
その間にも、古川隊長は呼吸バッグを押し、隊員は胸骨圧迫を続ける。
・・・
「入りました」丸橋医師
「よくやった。」私は内頸静脈に刺す予定だった針を、銀色の収納ケースにしまった。
「アドレナリン1mg静注します」看護師が声をかける。
「古川隊長、収容は八戸救命でいいですよね」
「はい。家族はすでに村から八戸に向かってもらっています。
 この凍結路で、ここまで村から20分以上かかりますし、八戸と反対方向ですから。」

11時25分、浴室を出発した。

(続く)


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