ラピッドドクターカー、十和田に出動せよ

2010年12月20日 23:09

その男性は、油圧ショベル(バックホー)に乗って畑の溝を掘っていた。
午後2時、転覆したバックホーの下敷きになり、そのまま挟まれた。

午後4時30分に日が暮れても、彼は発見されなかった。
すっかり暗くなった頃にか細い声を上げるが、やはり誰も気づかない。死を覚悟した。
午後8時、帰宅しない夫を心配して様子を見に来た妻が、真っ暗な畑の脇に転覆したバックホーを発見した。
それからバックホーの下に夫を発見するまで、時間はかからなかった。

119番通報を受けて、地元の救急車とレスキュー隊が出動した。
救急隊は挟まれた患者を救出し、意識障害、ショックの患者を、総合病院に運んだ。
血圧90、心拍数100。意識はあるが両下肢は腫脹し、左下肢の皮膚に紫斑がある。
両下肢と挟まれていた腹部に圧痛を認め、レントゲンを見ると骨盤が折れている。
またアシドーシスが強く、尿が出ない。

クラッシュ症候群。
主治医は、救命救急センターへ転送を決意した。
救急搬送を依頼された十和田市消防は、八戸ラピッドドクターカーを要請した。

20時10分、高田医師のポケットでダイレクトブルーPHSが鳴った。
出動先は、十和田市。

八戸ラピッドドクターカーは八戸定住自立圏に参加した市町村が出資している。
出動範囲も、出資自治体内が原則だった。十和田市は出資していない。

が、今は緊急事態だ。
短い協議を済ませ、出動決定となった。

20時27分、ラピッドドクターカーは北に向かって出動した。
高田医師は助手席に乗る。

20時59分、距離にして32km 走行した地点に到達した。
あらかじめ無線で十和田消防と連絡を取り合って十和田市内のコンビニ駐車場。
真っ暗な空間に赤いLEDフラッシュを散らせ、RAV4 は駐車場に停止した。
そこには、すでに十和田消防の救急車が到着していた。

高田医師は救急車に乗り移った。
それと入れ違いに、患者の家族は救急車を降りてドクターカーに移る。

接触時、患者はすでに苦痛の声を上げなくなっていた。
昏睡状態。明らかに悪化していた。

21時ちょうど、高田医師は救急車内で外傷のprinary surveyを開始した。
気道、呼吸、循環、意識、体温を評価する。
腹部と胸部を超音波で検査する。
下腹部から骨盤にかけて、挟まれた痕が痛々しい。

21時03分、「 primary survey 終わりました。出発可能です」高田医師が隊長に伝える。
隊長が出発を宣言し、救急車はサイレンを鳴らしてドッキングポイントを出発。

車内では急速輸液を続ける。
輸液ルートも増やし、輸液には重炭酸(メイロン)を入れる。
クラッシュ症候群は、尿をアルカリ性に保つことが重要だから。

21時39分、八戸 ER へ到着した。
ここまで無事に運んでくれば、ひと安心・・・・

のはずだった。
ER で、患者の状態はどんどん悪化した。
骨盤骨折からの出血が続くため、輸液と並行して輸血を開始する。
血圧を保つため大量に入れた輸液が肺に溜まり、呼吸が悪くなる。
気管挿管して人工呼吸器を接続し、内側に高い圧力をかけて肺が濡れるのを防ぐ。
クラッシュ症候群を起こした筋肉から溶け出すカリウムが危険なまでに増え、
24時間の持続透析を開始してカリウムを除去する。

家族へは、厳しい説明が続いた。

・・・・・
4日後、内臓が浮腫を起こして腹部の圧力を高め腸に血液が流れなくなった。
これを腹部コンパートメント症候群という。
治療法は緊急開腹手術。術後は腹を開けっ放し、凹むまで ICU で管理する。
さらに腹の圧力を下げるため、毎日、高気圧酸素チャンバーへ入れる。
高気圧酸素療法。これはヨーロッパで一般的に行われている治療を真似たもの。
八戸オリジナルではない。

しかし重症外傷患者への高気圧酸素治療は、まだ日本では知られていない。
11月に岡山で開催された日本高気圧酸素治療学会で、この内容を教育講演で話した。

・・・・
一ヶ月近く経って、ようやく食事できるようになった。
リハビリも開始している。
患者の笑顔も見られるようになった。

苦しい治療だった。
患者にも家族にも看護師にも、そしてもちろん、私たちにも。
しかし、その甲斐あって救命に成功! 劇的救命だ。

改めて、ラピッドドクターカーを要請した十和田市消防に拍手。
そして献身的に看護した救命救急センター救急看護師54名に感謝。


コメント

  1. 島の外科医見習い | URL | -

    劇的救命ですね!!
    島に来て9ヶ月になりますが,hch-ccmの看護師たちのレベルの高さを実感しています。こちらは、県立ですが、hchのNsたちのほうがはるかにレベル高いです。

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