FC2ブログ

サンダーバード作戦発動最終

2018年01月10日 18:18

ここで開胸手術すべきか、否か。
私は悩んだ。
この変形胸壁に通常のCPRは効果ない。
ここで開胸手術をしないのは、諦めるということだ。
「開胸心マッサージだ。
ここで左開胸し、心臓を動かそう」
結論を出した私は、看護師に告げる。
「ここで左開胸する。
佐々木先生は気管挿管して。
この挿管は難しいよ。
顔面外傷で血だらけだから、
声門が見えないかもしれない。
ガムエラスティックブジーを用意してから挿管して。
救急隊長は、両手で頸椎を保護してください。
両手で耳を持って、首を一直線にしてください。
喉頭鏡で挿管しますが、
負けないように頸椎の固定をお願いします」
「やってみます」と佐々木医師。
彼にとっては、始めてのdifficult airwayだ。
「慎重にチューブを入れてね。
最高にいいのは気管挿管成功。
2番目は挿管できないこと。
最悪は食道挿管だから」

 ナースがイソジンを渡してくれた。
左胸のシャツはすでに切り開かれている。
私は男性の左腕を頭側に上げた。
これで、肋骨の間が開き、手術がしやすくなる。
円靱(丸いメス)を使う。
左乳頭より4cm下方、胸骨左から中腋窩線(広背筋の手前)までを弓状に切開した。
 救急車内では、患者の左側は壁に面している。
手術室や救急室と違い、患者の左に術者は立てない。
私は患者の上半身に覆いかぶさるようにして、
右手のメスを走らせた。
メスは3回引く。
皮膚、脂肪、筋肉の順。
そして胸膜はペアン鉗子の先で突き破る。
穴を開けた胸膜にすぐにハサミを入れる。
内側、外側の順で胸膜とそれにくっついている筋肉を肋間で切開するのだ。
開いた肋間に両手を差し込む。
そして上下の肋骨をつかみ、切開した創を開大してから開胸器を入れた。

 創から見える肺は出血していた。
血胸は少しある。
心臓破裂はない。
大動脈損傷の有無は見えていない。
横隔損傷はない。
手の平で心臓を握ると、大きさは普通。
手のひらサイズだ。
膜の下の黒い液体はないので、心嚢液貯留はなさそうだ。
私は心臓マッサージをしながら指示を出す。
「佐々木先生、挿管成功した? 
呼吸数は10回だよ。過呼吸は心臓によくない。
静脈還流が減るから」
「隊長、現場出発してください。
陸路でERに運びます。
ドクターヘリは帰ってもらってください」

 現場滞在時間は4分だった。
開胸術で心拍再開すればドクターヘリ搬送を考えたのだが、
再開していないので、CPRを継続しやすい陸路搬送を選択した。

17分後に救急車はERに到着した。

 ほどよく加温された救急室のベッドに敷かれた白いシーツ。
まだ若い男性はその上で息を引き取った。

残念ながら奇跡は起きなかった。
合掌。


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://doctorheli.blog97.fc2.com/tb.php/2599-fd58a8d3
    この記事へのトラックバック