スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「20世紀の外科は終わったのか」

2017年01月22日 18:49

「Dr.コトー」のモデルとなった、
瀬戸上健二郎医師。
 
離島医療を題材にした漫画・ドラマ
「Dr.コトー診療所」のモデルとなった、
鹿児島県薩摩川内市下甑町の手打診療所長、
瀬戸上健二郎氏の講演より。

瀬戸上医師は、
38年間に及んだ下甑島での診療について、
「離島の診療所で食道がんや大動脈瘤なども手術した。
そんなDr.コトーのような外科医は、
地域住民に支えられていた」
と振り返り、

「医療は時代とともに変わった。
住民の気持ちも変わった。
20世紀の
Dr.コトー的外科は終わったと思う」と述べた。

離島医療で求められる医師像が変わりつつあると言う。

「手打診療所」は、
鹿児島県薩摩半島の北西部、沖合約50km。
本土からは1時間半の高速船、
3時間ほどの貨物船が結ぶ。

手打診療所の医療提供体制は充実した。
1990年には人工透析、
1996年にはCTを導入。

今では病床数19床で、
医師1人、看護師13人を含む26人のスタッフがいる。
島内には3カ所の診療所があるが、
入院施設があるのは手打診療所のみ。
24時間365日対応の体制を38年続けてきた。

漫画やドラマで描かれた天才外科医、
「Dr.コトー」は大きな反響を呼び、
医師を志すきっかけになった人も少なくない。
しかし、瀬戸上医師は、
「20世紀に花開いたDr.コトー的外外科は、
残念ながら、終わってきているのではないか」と話す。

「Dr.コトーは外科的な活躍がメイン。
離島診療所で食道がんも大動脈瘤も手術してしまう。
これがDr.コトー的外科医。
自分で見つけ、自分で麻酔し、
自分で手術する。
今では非常識と思われるかもしれないが、
それが当たり前だった。
このDr.コトー的外科というのは、
日本で開花した20世紀の外科の“花”だと思う。」

38年で島は大きく変わった。
1970年代には約1万人いた
下甑島の人口は2500人程度に減った。
人々の意識も変化し、
島の医療の在り方も変わってきた。
「日本は非常に豊かになった。
離島も豊かになった。
それと同時に大病院志向や専門医志向も進んできた。」

(続く)



コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://doctorheli.blog97.fc2.com/tb.php/2475-d11feb19
    この記事へのトラックバック



    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。