八甲田山雪中行軍から114年

2016年01月24日 18:48

1902年(明治35年)1月24日
東北北海道地方は記録的な寒気団に覆われていた。
当時の記録では、旭川市で零下41度を記録した。
この記録は日本の観測史上最低である。
その同じ日に、
八甲田山では零下20度、
積雪6から9メートルだった。

陸軍の青森隊と弘前隊は別々に八甲田山踏破訓練をした。
それぞれ、別ルートで冬の八甲田山を徒歩で進軍する訓練だ。
結果、
弘前隊は踏破成功。
青森隊は遭難しほぼ全滅、
死者199名。

気候さえよければ、
遭難することはなかったのだが。

1902年1月24日遭難した青森隊で最初の死者が出た日だった。
偶発性低体温症だった。
その後続々と死者が出る。
・・・・・
114年前、
今日の様な天候なら、遭難はしなかったのに。

DSC_2907 (500x281)
八戸から八甲田山を望む

外輪山DSC_2908 (500x281)
八戸から十和田湖外輪山を望む。向こうが十和田湖

0101_DSC05702.jpg
以前ドクターヘリで八甲田山を越えた写真
天気が良ければ八甲田山を越えて
弘前市まで飛べる



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