大動脈痛 追加

2015年08月13日 18:52

青森県病から八戸に帰るヘリコプターは、
久しぶりに、空で戻ることになりました。
患者を青森県病に収容したからだ。

その帰り
青森市から八戸へ向かう風景です。
上空から撮影した写真です。
青森湾合浦港 (500x333)
青森県病を離陸すると西にみえる
青森湾と合浦港
40年前は造船所もあった。
砂浜と緑の松、海水浴場がある。

青森東高校 (500x333)
機首を東に向け高度を上げる。
青森東高校がみえる。

青森市野内漁港 (500x333)
東高校から少し進む。
野内漁港が見える。
奥州街道の北の端。
江戸時代に関所があった。

野内川と石油タンク (500x333)
野内川とその先の石油タンクが見える。
石油タンクの先にはガスタンクがあるが、この方向では見えない。
野内港は第二次世界大戦の時は
石灰石の搬出港。
セメント材料。
上北銅鉱山の銅の搬出港、
今は、石油タンクが残る小さな港。

青森工業高校 (500x333)
青森市西地区から移転してきた工業高校
黄色い校舎は空から目立つ

義経伝説鷲尾山 (500x333)
青森平野の東に端にある小さな鷲尾山。
海に突き出た台形の山。
源義経伝説が残る。
義経の妾が病気になりそれを看病したの鷲尾氏。
その名前が残る山。
明治天皇陛下もこの山にお登りになった。
鷲尾山のふもとには貴船神社がある
京都鞍馬山にあるものの分家。
義経の幼名は京都鞍馬の牛若丸。
義経北行伝説では
平泉の奇襲から逃れた義経は
宮古から船に乗り北上した。
八戸で上陸。
それから陸路、野内へさらに竜飛岬へ向かった。

浅虫湾と湯の島 (500x333)
工業高校の上空から北東を見る。
鷲尾山の向こうに見えるのは浅虫温泉
浅虫温泉の前沖には湯の島が浮かぶ
版画家棟方志功は、湯の島の版画をよくつくっていた。
ねぶた祭りにも毎年参加していたのがなつかしい。

青森アリーナ (500x333)
青森アリーナ―を越える。
青森アリーナは青森県総合運動場。
もともとは青森市の三内地区に作る予定だったが、
三内地区の工事を進めたところ、
縄文遺跡が発掘されたので、工事は中止。
その縄文遺跡は、世界最大級の三内丸山遺跡。

青森アリーナ―は青森県病にヘリポートがない時期に、
冬期間のドクターヘリ着陸場に使われた。
とても懐かしい。

東岳と双子島方面 (500x333)
青森アリーナ―を過ぎると、遠くに陸奥湾、夏泊半島が見える。
夏泊半島には、大島と双子島がある。
今では、夏泊県立公園の道路はきれいに完備されている。
その道路を作っている時代に、
落盤事故で男性が生き埋めになった。
ドクターヘリが出動し、小さな児童公園に着陸した。
男性は死亡。
残念無念。
今あるきれいな道路は、
工事関係者の犠牲のもとに作られている。
今日のお盆、遺族は墓前に手を合わせているだろう。
合掌。

東岳の砕石採取場 (500x333)
青森市から真東に見えるのが東岳。
石灰石がとれる。
きれいな山だったが、
無残にも、山肌が見える。
この石で、青函とトンネルができた。
世界最長トンネルだった。
北海道と青森を結ぶ青函トンネル。
今は、空でも結ばれようとしている。
函館ドクターヘリが就航した。

続く



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