お父さんの具合が悪い、助けて その5

2015年01月29日 18:37

そのとき、心停止しているはずの男性は顎を強く噛んだ。
私の二本の指は男性の顎の力に容易に屈した。
そして悲惨にも、指を抜くタイミングがわずかに遅れた。
手袋の上から親指に皮膚が咬まれた。
皮膚だけだから、痛いだけで、強く私が親指を引けば済む。
皮膚と、手袋のゴムを男性の歯の間に残して指を戻すことができる。
確かに、頸動脈は触れない。
そして、顔色は悪い。
呼吸は停止している。
私は、鎮静薬を使うことにした。
ほんのわずかに使うことにした。
2%プロポフォールを1ml、レペタン0.1mg静注の指示を出した。
和島ナースは、一瞬とまどう。
CPRで使う薬剤はアドレナリンだ。
すでに、ピンクのラベルのアドレナリの準備をしていたナースだった。
白い、鎮静剤がわずか1ml静注された。
効くまで1分待つ。
その間は、坂上隊長がバッグバルブで人工呼吸する。
続けてアドレナリン1mg静注の指示を出した。
私の立っているのは、男性の頭。
ナースは、一番側だった。
これから気管挿管する介助は、気管挿管許可救急救命士の坂上隊長だ。
私は、1分間の待ち時間で、ダイレクトブルーを呼び出した。
呼び出し音1回で藤田医師が出てくれた。
私は携帯電話に向かって一方的に話す。
「ドクターヘリ今です。胸痛発症男性。CPA.
PCPS用意おねがいします。
これから気管挿管します」
私は、相手の相槌を待たずに電話を切った。
そして、男性の顎を開けてみるが、
まだ固い。歯を食いしばる。
「和島さん、気管挿管6mmをスタイレットなしで頂戴」
頭の下にさらにもう一つ枕を入れて、
経鼻挿管をするよ。
顎が開かないから。
だが、自発呼吸がない時の経鼻挿管は難しい。
一発で入れば儲けもの。
私は、右鼻穴に細めの気管チューブを進めた。
声門に突っかかった抵抗を感じた。
そして、さらに2cm進めた。
自発呼吸があれば、呼吸の音がチューブから聞こえ、
咳込む動作が起こる。
だが、今は、呼吸停止しているので、起こらない。
バッグバルブをつなぎ一回押したが、胸が上がらない。
胃の音もしないが、不安が残る。
気管にキチンと挿管されている自身がない。
私は、鼻からチューブを抜いた。
(続く)


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://doctorheli.blog97.fc2.com/tb.php/1963-9527a7b3
    この記事へのトラックバック