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中越地震から10年 その20「魚沼病院へ転送」

2014年11月20日 18:50

役場裏の倉庫、国道沿いの倉庫、ぬくもり荘の倉庫に、
背の高さで、向こうが見えないくらいだ。
その中から医療に使えるものを仕分けする。
仕分けする職員が不足しているのでできないでいたのだ。
八戸隊は役場から一任されて、責任ある仕事を完遂することができた。
体温計を家族に一本ずつあげたい。
しかし救援物資の中には少なかった。
家庭医薬品の中には,風邪薬と胃薬が多かった。
シップ薬やうがい薬は入っていない。

今後役場職員への応援が必要です。
それも仕事を任せられるためには長期間とどまることが必要です。
またいざ八戸市が被害をこうむったときは、協定を結んでいる自治体へ、
市役所職員の応援を早期に頼むべきです。
そう思った。
このことは、後日八戸に帰った時に、八戸市役所に伝えた。
また、のちに起こった東日本大震災に教訓が生きた。

宮武さんが情報を持って来た。
「撤収の道のりは険しいようです.。
鉄道、一般道、高速道路とも不通です。
最初の目的地はバスが走っている六日町です。
そこまで車で移動し、車をトヨペット六日町へ返却し、
その後路線バスで移動です。
湯沢町まで行けば新幹線が通っています。
何時に新幹線駅につけるか予想つきません。
夕方になってしまえば宿泊することも考えます。
宿泊するとすれば荷物がたくさんあるので
駅直近のホテルや旅館に入ることになるでしょう。」

翌日、
チーム員の顔にも笑顔が見えていた。
救援活動成功の充実感と、自分自身の安全とあと少しで八戸だという安心感から。
高速道路から遠くに見える,冠雪でコントラストが際立っている
霊峰八海山を南に見て出発だ。

川口町の住民の健康とわれわれの帰路の安全を願って
八海山に向かい手を合わせた。

中越地震から10年 「魚沼病院へ転送」完


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