中越地震から10年 その19「魚沼病院へ転送」

2014年11月19日 18:48

朝になり、笑顔の患者さんは、私の手を握って喜んだ。
この避難所で危機的状態から、命を救うことができた。
平時では、尿路感染症はよくある病態だが、
この劣悪な環境では悪化する危険が十分ある。
82歳の老人にとって悪化は死につながる。

患者様の改善を確認し、予定通り、小千谷市の魚沼病院へ救急車で搬送した。
小千谷市の病院も被災地だ。
地元の病人だけで手一杯のはずなのに、川口町の患者を受け入れてくれる。
『はい、受け入れ可能です』透き通るような救急外来看護師さんの声だった。
役場前に待機していた救急車は,すぐに中学校へ到着した。
患者さんは避難所の住民に見送られ、魚沼病院へ出発した。

Good job!.
救急車の要請は、119ではなく、役場の保健課に電話する約束だ。
119だと小千谷市につながってしまう。

救急要請から6分で救急車が到着した。
6分は平時の全国平均だ。
ここまでこの町の救急体制は復旧した。

川口診療所の内田医師を訪ねてみた。
待合室には数人のけがの患者が待っていた。
看護職員は私服で対応していた。

内田先生は日曜日の休息がよかったのか、
ひげをそり、顔色もよく笑顔で答えてくれた。
いいことをした。

前田、今が午前診療をおこなっている間、
男性スタッフは、役場で救援物資の仕分けと輸送を受け持ちした。
心のこもった物資だが想像を絶する量が山済みされていた。
中越地震43
住民に圧倒的人気で、すぐになくなった青森りんご。
被災地のレトルト食品や、カップめん、缶コーヒーの生活の中で、
手軽に、贅沢を楽しめた。
本当に人気ありました。
中越地震46

(続く)


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