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中越地震から10年 その18「魚沼病院へ転送」

2014年11月18日 18:45

2004年11月1日月曜。
この日より堀内町、小出町などが合併し魚沼市になるそうだ。
しかしこれらと接する川口町は何か理由か知らないが、単独で町を維持するそうだ。
平時では5700人の人口、老人率は27%であり、
宿場町として有名だそうだ。
地震により、老人病人などは町外の親戚知人の下に疎開した。
残る住民は毎日少しずつ減っている。
過疎の町はこの地震でさらに人口の減少を見るはずだ。
町を単独では維持することはできないのではないか。

朝、心不全の患者が末広荘へ運ばれた。
ドーパミンを開始し、酸素投与しながら、小千谷市の魚沼病院へ搬送した。
心電図12誘導は末広荘では取れない。
もちろん血液検査は不能だ。
血糖検査キットを持ち込めば少しは診療の幅が出たかもしれない。

朝のミーティング後から、
小学校、
中学校、
ぬくもり荘という老人施設の診療の申し送りをしながら診療した。
後任は国立栃木病院だ。
彼らは、本日正午から、明日正午まで当番で、
その後は、別の国立病院が受け持つ。
一病院が24時間を受け持ち、その後撤収する。
一人100mづつ走るリレーもいいが、住民のことを考えると、
一人400m走るリレーのほうが有効だ。
さらに長ければもっと良い。
今回,八戸チームは、5日間の継続医療を展開することができた。
中越地震34

そのため地域住民と役場職員の信頼を得ることができた。
リコちゃん、エリちゃん、マリちゃんとも自分の娘同様に仲良くなった。
継続医療、継続看護、継続保健、被災地では重要なキーワードだ。

昨日から、持続点滴を行ってきた発熱と尿閉の82歳男性は
解熱し食事も取れるようになった。
中居薬剤師が持ってきた抗生剤が効いたようだ。
避難所を受け持っている千葉県看護協会派遣の
訪問看護チームも徹夜で看護してくれた。
町役場から借りた、ベッドも役立った。
神田さんが作った箒の柄の点滴台も役立った。
中越地震13

中越地震11

(続く)
・・・・・・・・
劇的救命本が人気出ています。
みなさん読んでくれましたか。
http://www.kksanshusha.co.jp/topics/topics_drheli.html


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