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中越地震から10年 その12「医師会長との出会い」

2014年11月13日 18:55

中越地震39

29日金曜日夕方6時30分からのミーティングにはぎりぎり間に合った。

ミーティングには地元開業医の内田先生もいらしていた。
実は、当初災害医療班とまったく連携がなかった。
私は本日午後、内田先生に面談を申し込み,腹を割った話をした。
「土日は、診療所の近くでわれわれが活動するゆえ、休養してください。
診療所の職員も休ませて下さい。」
診療所の看護師も被災者なのです、もちろん内田先生も。
内田先生は、群馬県から僻地医療を志してこの山奥の町に1年前に開業していた。
まだ日が浅いために役場職員との連携がうまくなく、誤解があったようだ。

ミーティングでは、内田先生から、
「体力の限界、日曜日は休みたい。
夜間と土日の診療を災害医療チームにお願いしたい」
と、挨拶があった。
感情のこもった挨拶だった。
挨拶中は時々私と視線が合った。
日中に会えてよかった。
ミーティングでは全員一致で内田先生の提案を受け入れることになった。

内田先生の川口診療所の真向かいには老人ホームぬくもり荘がある。
最初から入所しているかなりの数の老人と、
今回の地震で緊急収容した老人でごった返している。
ボランティアも随分いる。
しかし診察室に使えそうな部屋はなかった。
その隣には川口小学校がある。
その200m奥に八戸チームの拠点の川口中学校がある。
会議の結果、24時間体制で診療施設を川口小学校に設営することになった。
担当は八戸チームだ。
11月1日午後に後任として、国立生育医療センターに受け継ぐことも決定した。
国立生育医療センターは、小児救急日本一。
私はそこの小児外傷チームに、2年前に講義と実習を受け持ったことがある。
聡明な医者の集団だった。
そのときの生徒が1名救急医として本日夕方ここに到着した。

ミーティングの終わりころ、庭山医師会長が会場に到着した。
全国に先駆けて、研修医の地域医療の一ヶ月カリキュラムを作成し、
東京医療センターの研修医を引き受けてきた実績がある医師です。
また約40年前に起こった新潟地震のときに救急医療をやってのけた医師です。
今回の地震で、新潟県庁がうまく機能しない間に、
救護部門を、消防と、医師会で切り盛りしています。
日赤医療チームが柏崎に集合したのを、
変更させ,小千谷市に集結させたそうです。
私は車をお借りしたお礼を丁寧に述べた。
 
中越地震から10年 「医師会長との出会い」完


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