へ(戸)と源義経とジンギスカン 完

2013年03月02日 18:39

そして、本州の最果ての、
竜飛岬まで行きます。

そこで数日、嵐が止むのを待ちました。
そこには乗ってきた3匹の馬をつないだそうです。
その場所は三厩。
そこには寺があります。
寺の名前は
義経寺。

伝説では義経は三厩から
龍にのり津軽海峡を渡ったそうです。
龍に乗り空を飛んだそうです。
離陸した高台は
龍飛岬。
20111105_竜飛岬【現場直近】⑧ (600x450)
20111105_竜飛岬【現場直近】⑥ -150 (640x480)

そして
北海道に着きます。

伝説では、さらに、先に進みます。
ここまでは、もしかしたらあるかな?
でものこの先は????

義経は、北海道からアジア大陸に逃げ渡ります。
追っ手は執拗だったようです。
アジアまで逃げるともう安全です。
日本で出来なかった国づくりを始めます。
その国は繁栄し、大帝国となります。
義経は、その帝国で名前を変えました。
変えた名前は、
「チンギスハン」です。
チンギスハン帝王(義経)の子孫は、
その後、源頼朝が作った鎌倉幕府を攻撃しに来ました。
蒙古襲来です。

八戸地方では、ジンギスカン料理のことを
「義経鍋」と言います。
鍋の形は、蒙古軍のかぶっていた兜の形です。
蒙古がかぶる帽子の形です。
使う肉は、羊ではなく、
特産の馬です。
八戸地方では、
義経=チンギスハン、蒙古
の伝説が、多くの市民に知られ、
そして、料理まで名前を変えているのです。

昨年、義経=チンギスハンではないことが科学的に証明されました。
ジンギスカンの子孫と、義経の子孫のDNAを比べました。
全く違うそうです。
だから、実在した二人、義経はチンギスハンではない。

そんなことと関係なく、
義経鍋は当地の有名料理です。

出来れば、科学的に否定してほしくなかった。

へ(戸)と源義経とジンギスカン 完


コメント

  1. 高校生のご意見番 | URL | GV7kq/BI

    おもしろかったです!

    いつもの症例の連載もなかなか見ごたえありますが、たまには、こういう地域の歴史の話題で連載するのもなかなかいいなと思いました。

  2. 八戸育ち | URL | -

    初めまして

    義経鍋を知りませんでした・・連載おもしろかったです。「いいね」ボタンがなくて残念です。

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