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火災逃げ遅れ一酸化炭素中毒 最終

2019年01月16日 18:36

高気圧チャンバーには、鈴木研修医が入った。
鈴木研修医は、独協医大卒業。
救急医志望だ。
昨日のように狭い高気圧チャンバーの中で添い寝する。

気圧を2気圧に上げて20分後だった。
患者に変化が起きた。
感動の瞬間を鈴木医師は見逃さなかった。
自発呼吸が出てきたのだ。
そして、少しして目が開いた。
手が動く。
鈴木医師は、インターホーンで
外に伝える。
自発呼吸が出ています。
開眼しました。
動いています。

1時間の高気圧酸素療法が終わり、
老女と鈴木医師はチャンバーの外へ出た。
鈴木医師は木綿の術衣が汗でびっしょりだった。
患者には自発呼吸は確かにある。
そして、手を握るまで回復していた。
意識が戻ったのだ。

老女は救命救急センターで人工呼吸器の治療を続けて受ける。
午後の回診で私は彼女に話しかけた。
「目を開いてください。
聴こえますか」
老女は開眼し、うなずいた。
「ご主人は無事ですよ。
息子さんも無事ですよ」
老女はしっかり目を開き頷いた。

だから、高気圧酸素治療の必要性がある。
最重症の急性一酸化炭素中毒だからこそ、
高気圧酸素治療の効果が大きい。

若い救急医たちは、今日の高気圧酸素治療に感動したはずだ。

一生に何回経験できるかわからないが、
ひょっとしたら1回かもしれない。
感動する救命治療。
今日はそれだ。

現場で危険を顧みず、。火の海から老女を救出したレスキュー隊に報いる劇的救命だった。
消防と救命救急センターは運命共同体。

2019年今年も劇的救命を目指す。
劇的救命!

火災逃げ遅れ一酸化炭素中毒 完

火災逃げ遅れ一酸化炭素中毒 その6

2019年01月15日 18:35

救急室はごった返していた。
私が出たドクターカーは日中4件。
救急車と自家用車、徒歩を合計すると、
ERに70名以上が日中に受診していた。

一酸化炭素中毒の老女に
その夜は目立った変化はなかった。
救命救急センターナースが、
集中治療を引き受ける。
安全に人工呼吸器が作動していた。

翌朝は大みそか。
朝から、八戸ERは混んでいた。
朝の救命カンファランスは大みそかでも定時に行われた。
私は
「一酸化炭素中毒に対する高気圧酸素治療には賛否両論ある。
24時間以内に2回高気圧酸素治療を行うウェーバーの研究が
唯一、指示されている。
他は医学的に根拠がない。
だから我々は、
高気圧酸素療法を、ウェーバーの方法に沿って、24時間で2回行う。
今日は午前中にその2回目を行う。
人工呼吸をしている患者を一人用チャンバーに入れてはいけない。
しかし、八戸では、独自の方法を工夫し、これまで入れてきた。
そして劇的救命してきた。
安全第一で、さらに劇的救命を狙う。
今日も医師1名が患者と一緒に狭いチャンバーに入る。
我々の施設では安全が確立されている。
数年前に初回は私が自らチャンバーに入った。
おそらくこの方法は世界でここだけしかやっていない。
日本高気圧酸素学会と、九州高気圧学会、日本臨床高気圧学会で特別講演し、賛同をもらっている。」
長い演説にみんな頷いてくれた。
何より、現場出動した古藤医師は、
この老女を絶対助けたいと願っていた。
頷きが大きかった。
(続く)

火災逃げ遅れ一酸化炭素中毒 その5

2019年01月14日 18:34

手術は上手くいった。
出血はガーゼに数センチ滲む程度だ。

高気圧酸素治療には
鼓膜切開も必要だ。
高気圧酸素チャンバー内では、
気圧が上がる。
そうすると鼓膜が痛くなる。
水深5mくらいに潜ると耳が痛くなるのと同じこと。
鼓膜は外と中耳の間にある膜。
鼓膜に1mmの穴をあけることで、
外と、中耳の気圧差がなくなる。
開けた穴は2週間でふさがる。
鼓膜切開は私がやるつもりでいた。
本来は、耳鼻科医医師が行う手技だ。
今日の救急室の担当が耳鼻科医師だった。
鼓膜切開をお願いすると、直ぐに引き受けてくれた。

そして気管切開術が落ち着いた1時間後に、
高気圧酸素チャンバーに患者を入れる。
だが、自発呼吸がない患者に高気圧酸素療法は、
普通ではできない。
高気圧酸素チャンバーは3m×1mの筒状のカプセルで、
蓋を閉めると、内部の患者に接触できない。
人工呼吸器は使えない。
呼吸がない患者は高気圧チャンバーに入れることができないのだ。

樋口研修医は、高気圧酸素治療用の木綿の服に着替えた。
樋口研修医は、福井大学を卒業後に、八戸研修医になった。
将来は救急医志望だ。
そして、老女に添い寝するように、
狭い高気圧チャンバーに入る。
バッグバルブで人工呼吸を続ける。
患者の呼吸循環は、樋口医師の五感でモニターする。
原始的な方法だが、
最も信頼できる方法だ。

老女と樋口医師は、
気圧2気圧まで加圧された酸素の中に1時間入った。
1分間に12回押すバッグバルブで人工呼吸が続けられる。

とくに、問題なく高気圧酸素治療は終った。
高気圧酸素治療終了後に老女には、救命救急センターで人工呼吸治療を続けられた。
(続く)

火災逃げ遅れ一酸化炭素中毒 その4

2019年01月13日 18:33

三戸郡からERへは45分かかる。
まず、気管挿管された老女と古藤医師を載せた救急車が到着した。
遅れて、
夫を載せた救急車が、
最後に、息子を載せた救急車が到着した。

八戸ERは、一遍に、火災現場の煙の焦げた臭いで充満した。
3名の患者の着衣や体にしみ込んだ臭いだ。

老女の現場での血液検査で一酸化炭素は40%で高かった。
昏睡状態から回復するのか?
後遺症が残るのか?
100%酸素による人工呼吸が続けられた。
だが自発呼吸はない。
瞳孔の光の反射はない。
さらに、体温が下がっていた。
火災現場で消火に使った水が体にかかっていた。

カンファランスでは、
一酸化炭素中毒に対して、
直ぐに高気圧酸素療法を始めることが決定した。
実は高気圧酸素療法の一酸化炭素に対する治療には
異議をとなる医師もいる。
効果ないと。
しかし、われわれの経験上、
劇的救命が高気圧酸素療法から出る。
重度後遺症を削減できる。

まず、気管切開手術をする。
気管チューブより短いチューブにすることで、
高気圧酸素チャンバー内での、
抜去事故と、痰詰まりを防ぐ。
我々の経験からだ。

患者には、自発呼吸はなかった。
後村医師と私で気管切開手術を開始した。
後村医師は、八戸生まれ。
八戸救命で数少ない地元出身者。
弘前大学を卒業し、八戸研修医に続き、八戸で救急修行中。
後村医師は3年目。

人工呼吸担当は佐々木医師だ。
佐々木医師は4年目。
東京医科歯科大学を卒業し、
八戸で研修医を行った。
東京医科歯科大学病院は日本一の研修人気病院だ。
そこではなく、八戸を希望してここにやってきた、
上昇志向の強い医師だ。
救命救急専門医を目指し、
八戸で修業中だ。
(続く)

火災逃げ遅れ一酸化炭素中毒 その3

2019年01月12日 18:32

救急車内で測定された酸素飽和度も低かった。
自発呼吸はない。
気道熱傷と、一酸化炭素中毒が疑われた。
救急隊長は、
バッグバルブで人工呼吸を開始した。
頚動脈はよく触れた。
心臓は大丈夫だ。
老女を赤タッグとして、最優先で搬送を開始した。
八戸ドクターカーは、
古藤医師を載せて火事現場に向かっていた。
救急車は北上する。
そして、劇的救命ヘルメットを被った
古藤医師のドクターカーと、国道4号線でドッキングした。
劇駅救命の文字がプリントされたヘルメットから、
聴診器を使えるように耳当てを常時外している。
古藤医師は、胸部の診察をした。
バッグバルブで陽圧呼吸をすると聴診器で呼吸音がバリバリと悪い音が聞こえた。
このような呼吸音を、ベルクロ音と言う。
固定に使うマジックベルト、ベルクロベルトを剥がすときのバリバリ音だ。
指につけられた酸素飽和度計は80%と低い。
もちろん酸素100%で人工呼吸してもだ。

隊長に「収容は八戸救命です。出発お願いします」
聴診だけは、救急車を停車させて行う。
あとの診察は走りながらでもできる。
サイレンが鳴ってもできる。
隊長は機関員に
「出発」と。

揺れる車内で気管挿管が始まる。
挿管は容易だった。
気管チューブからは煤交じりの痰が吸引された。
患者は痛み刺激でわずかに、肘が曲がるだけだった。
「これはまずい、
重症だ」
除皮質硬直は変わらない。
古藤医師は気管挿管を成功させてすぐに、ERへ電話入れた。
救急室では森医師が受けた。
森医師は京都生まれ。
京都府立医大を卒業後、八戸研修医そして八戸救命で修業中。
「はい、人工呼吸器を用意して待ちます」
(続く)