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交通事故2件同時発生 その5

2018年03月15日 18:58

栗原医師のドクターカーは下田の警察署前の交差点を大きくUターンした。
そして対向車線の路肩で停車した。
数秒後、救急車のピーポーサイレンが近づいてきた。
ドクターカーの後方にピタリとくっつき、
救急車は停車した。

栗原医師は救急車の後ろに回りこんだ。
後方から近づく普通車に対して、
大きく手の平をパーの形で、
合図してから救急車のハッチドアを跳ね上げた。
後方からの車は、徐行してくれた。
そして、第一車線から第二車線に進路変更し、
ゆっくりと停車していた救急車を追い越した。
救急車には、青い外傷バッグと赤い救急バッグ、
黄色い超音波装置バッグを持て乗り込んだ。
雨は降り続いていた。
救急車内には、家族の姿はなかった。
救急隊員は外からハッチドアを閉めてくれた。
栗原医師は、橈骨動脈を触った。弱く触れた。
血圧は測定不能だった。
救急救命士が確保した末梢輸液ラインは正確だった。
これまで、200ml入っていた。
気道呼吸循環意識体温の順で診察する。
呼吸の評価は聴診器を使う。
呼吸の音は左側でやや弱かった。
経皮酸素飽和度計は、測定できないでいた。
おそらく脈波が弱いせいだ。
つまり低血圧のせいだ。
栗原医師は隊長に現場出発を上申した。
救急車はサイレンを鳴らして出発した。
揺れる車内で止血剤のトラネキサムを1バイアル注射した。
骨盤の固定帯サムスリングはそのまま使用継続した。
脈拍は本当に弱くしか触れなかった。
超音波検査は異常なし。
輸液はショックに対して全開の速度で落としていた。
意識の評価は、痛み刺激で開眼しなかった。
栗原医師はドクターカー携帯電話でダイレクトコードブルーPHSを鳴らした。
「患者接触しました。
ショック、昏睡、骨盤骨折、
輸血の準備お願います。」
受けたのは今野副所長。
PHSを切った後で検査室へ電話した。
「重症外傷がこちらへ向かっています。
O型輸血のオーダーが出ると思います」
(続く)

サンダーバード作戦発動最終

2018年01月10日 18:18

ここで開胸手術すべきか、否か。
私は悩んだ。
この変形胸壁に通常のCPRは効果ない。
ここで開胸手術をしないのは、諦めるということだ。
「開胸心マッサージだ。
ここで左開胸し、心臓を動かそう」
結論を出した私は、看護師に告げる。
「ここで左開胸する。
佐々木先生は気管挿管して。
この挿管は難しいよ。
顔面外傷で血だらけだから、
声門が見えないかもしれない。
ガムエラスティックブジーを用意してから挿管して。
救急隊長は、両手で頸椎を保護してください。
両手で耳を持って、首を一直線にしてください。
喉頭鏡で挿管しますが、
負けないように頸椎の固定をお願いします」
「やってみます」と佐々木医師。
彼にとっては、始めてのdifficult airwayだ。
「慎重にチューブを入れてね。
最高にいいのは気管挿管成功。
2番目は挿管できないこと。
最悪は食道挿管だから」

 ナースがイソジンを渡してくれた。
左胸のシャツはすでに切り開かれている。
私は男性の左腕を頭側に上げた。
これで、肋骨の間が開き、手術がしやすくなる。
円靱(丸いメス)を使う。
左乳頭より4cm下方、胸骨左から中腋窩線(広背筋の手前)までを弓状に切開した。
 救急車内では、患者の左側は壁に面している。
手術室や救急室と違い、患者の左に術者は立てない。
私は患者の上半身に覆いかぶさるようにして、
右手のメスを走らせた。
メスは3回引く。
皮膚、脂肪、筋肉の順。
そして胸膜はペアン鉗子の先で突き破る。
穴を開けた胸膜にすぐにハサミを入れる。
内側、外側の順で胸膜とそれにくっついている筋肉を肋間で切開するのだ。
開いた肋間に両手を差し込む。
そして上下の肋骨をつかみ、切開した創を開大してから開胸器を入れた。

 創から見える肺は出血していた。
血胸は少しある。
心臓破裂はない。
大動脈損傷の有無は見えていない。
横隔損傷はない。
手の平で心臓を握ると、大きさは普通。
手のひらサイズだ。
膜の下の黒い液体はないので、心嚢液貯留はなさそうだ。
私は心臓マッサージをしながら指示を出す。
「佐々木先生、挿管成功した? 
呼吸数は10回だよ。過呼吸は心臓によくない。
静脈還流が減るから」
「隊長、現場出発してください。
陸路でERに運びます。
ドクターヘリは帰ってもらってください」

 現場滞在時間は4分だった。
開胸術で心拍再開すればドクターヘリ搬送を考えたのだが、
再開していないので、CPRを継続しやすい陸路搬送を選択した。

17分後に救急車はERに到着した。

 ほどよく加温された救急室のベッドに敷かれた白いシーツ。
まだ若い男性はその上で息を引き取った。

残念ながら奇跡は起きなかった。
合掌。

サンダーバード作戦発動その3

2018年01月08日 18:13

「ドクターヘリ着陸成功のため、サンダーバード作戦終了。帰院しろ」
着陸の少し前、八戸消防は陸路を北上していたドクターカーに無線を入れた。
ドクターカーはサイレンを消すと、次の交差点でハンドルを右に切ってUターンし、
病院へ帰還した。

 機長は高度50mくらいで一旦ホバリング。
整備長は、運転席の足下に張られている曲面ガラス越しに着陸地が平らなことを目視で確認する。
機長が再び高度を下げると、ダウンウォッシュが雪を蹴散らす。
粒になった雪が四方に飛び散って、ヘリが右のスキッド、左のスキッドの順に着地すると、
私、佐々木医師、ナースの順番で外に出る。

 消防隊の誘導で、私たちは雪交じりの道路を200m走った。
車線は上下とも通行止めになっていたので、
走っている車はない。
事故現場に近づくにつれ、凄惨な状況が見えてきた。
一体どうすれば、車がこのように電柱にぶつかるのか。
運転席は大破し、形がない。
これでは、運転手は少なくとも重症であることは間違いない。
ひょっとしたら、心臓停止しているかもしれない。
事故車両には、患者はいない。
消防隊長が救急車の方を指さし、
我々は事故現場の南10mに停車している救急車に近づいた。
救急車のハッチドアをノックし、銀色の取っ手を引き上げる。

変形胸壁にCPRは無効
 救急隊長はCPRを行っていた。

「通報時は呼吸ありだったようですが、
救急隊接触時はCPA。波形はPEAです」。
隊長が汗だくで報告する。
胸骨圧迫と同期して、口腔内から血液が飛び出ていた。
胸骨を押すCPRは、ゆがんだ胸壁には無効に見えた。
男性はまだ若い。

 私は少しの間、考えた。
鈍的外傷による、現場での心肺停止状態。
救急隊接触時にすでに心肺停止が確認されている。
胸部と顔面外傷。
もしかしたら、頸髄損傷かもしれない。
(続く)

サンダーバード作戦発動その2

2018年01月07日 18:10

事故現場の中央には赤い消防車と白い救急車が停車していた。
路肩工事の反対側の歩道に、電柱が規則正しい間隔で立っている。
その1本に普通自動車が衝突していた。
衝突は激しく、運転席の屋根はなくなり、後方の屋根の半分は変形していた。
運転席側のドアもなくなっているようだ。
路面には、高さがある雪の轍を横切って、タイヤが滑った跡が事故車に向かっていた。

 ドクターヘリは現場上空を左周りで旋回し、着陸できそうな空き地を探す。
路肩工事現場の空き地に着陸できそうだった。
当初想定したフェリー埠頭岸壁に着陸すれば、そこから消防車で陸路移動になる。
そうなれば、ドクターカーの方が先に患者と接触することになるだろう。
消防とドクターカーとの無線交信はドクターヘリで傍受していて、
ドクターカーが海岸道路を順調に北上していることは把握していた。

「ドクターヘリは、事故現場東の路肩工事現場に着陸します。
誘導お願いします」。整備長は上空から、地上の事故現場にいる消防隊に無線を入れた。
空からは一目瞭然だが、交通事故現場にいる消防隊には、
路肩工事の場所がすぐには分からなかったようだ。
地上では右に左に、黒い消防服の男たちが迷った様子で動き回っている。
ドクターヘリが東に移動しているのを見上げた消防隊員が、
その方角を見て判断できたようだ。
赤い消防車と黒い消防士が東に移動し始めた。
消防士が路肩工事作業員に話しかけると、
数人の工事作業員が工事現場から30mくらい離れるのを上空から確認できた。
海岸道路の事故現場と反対側の車線の交通も消防隊が腕を水平に上げて止めている。

 着陸の準備が整い、ドクターヘリはゆっくりと高度を下げる。
高回転で回るツインエンジンの音がわずかに低くなり、
天井で回るプロペラの回転数が落ちているのがわかる。
ヘリコプターのサイドガラス越しに見上げる高回転のプロペラの色が、
透明からわずかに灰色に変わってきた。
(続く)

サンダーバード作戦発動1

2018年01月06日 22:55

日経メディカルにコラムが掲載されました。
サンダーバード作戦発動
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/cadetto/column/kon/201801/554306_2.html

「運転席で、口から血を吐いている。意識はある」。
午後のドクターヘリ要請は、交通事故現場からだった。

 通行人からの119番通報では、普通車が道路の雪にハンドルを取られ、
スリップして路肩の電柱に激突。
運転席は大破したという。
ドクターヘリの着陸可能場所は事故現場近くに確認できない。
離れた場所に着陸し、フライトドクターが消防車に乗り換えて事故現場へ向かうとなると、
ひと手間増える出動になる。
現場は道路上なので、ドクターカーならば確実に到達できる。

 直線距離で12~13km。
ドクターヘリとドクターカーのどちらが早く現場で治療を開始できるか。
これくらいの距離だと、判断が難しいことがある。

空陸同時出動で事故現場へ
 1966年、英国製の「サンダーバード」という人形劇がNHKで放映された。
21世紀には国際救助隊が組織され、
絶体絶命の現場へ空陸同時で出動し活躍するという未来を描く物語だ。
その後も再放送が繰り返され、
放映から50年たった現在、CG技術を駆使したアニメとしてもリメイクされた。
コンセプトは、同じく空陸同時出動だ。

この名作にあやかり、
八戸ではドクターヘリとドクターカーの同時出動をサンダーバード作戦と呼んでいる。
八戸消防は冒頭の事故にサンダーバード作戦を発動。
ヘリには私と後期研修医の佐々木医師 、
ドクターカーには近藤医師と栗原医師が搭乗し、
同時に病院を出て、空路と陸路で北へ向かった。

 現場上空への先着はドクターヘリ。
交通事故現場へつながる海岸道路は渋滞していた。
右に青い太平洋。
その内側に灰色の巨大な工場と黒いアスファルト道路が見え、
歩道と路肩には白い雪が積もっている。
海岸道路は片側2車線で、
工場に出入りする大型トラックも余裕で走れるように道幅が広い。
歩道と路肩の所々に見える雪がない部分は、工事が行われているようだ。
(続く)