脳卒中チームフェラーリ 最終

2018年05月27日 18:26

脳梗塞では発症すると
1分間に190万個の神経細胞が壊れると言われている。

研究によると、1000人に血栓溶解薬t-PAを注射した時に、
15分早ければ自力で歩いて退院する者が8人増える。
院内死亡が4人減る。

注射が1分早いと、患者が健康でいられる時間が1.8日増えると言われている。
だから, 血栓溶解薬t-PAの注射をできるだけ早く行いたい。

ただし、夢の注射血栓溶解薬t-PAも万能ではない。
治療後に自立した日常生活を送れるようになるのは、
治療を受けた患者の20-30%前後だ。

それを補う方法が、
血管内治療「血栓回収療法」だ。
この方法では、
治療後に自立した日常生活を送れるようになるのは、
治療を受けた患者の40-60%に跳ね上がる。
この治療も、治療開始が早ければ早いほど結果が期待できる。

我々が目指すのは、社会復帰!

劇的救命。

脳卒中チームフェラーリ 完

脳卒中チームフェラーリ その7

2018年05月26日 18:24

23時38分女性はCT室から血管造影台に寝かせられた。
女性を台に固定し、
消毒やドレープの処置が藤田医師らにより進められた。
その頃、鈴木脳血管外科部長は造影CTをしっかり見終わり
血管造影室に現れた。
23時50分(病院到着25分)鼠径部の動脈を穿刺して
血管内治療が開始された。

北の地方都市八戸では一人の脳梗塞患者にチームで挑む。
それは、夜でも雪がふっても変わらない。
すさまじいスピードでチームフェラーリが
F1レースのタイヤ交換をするように。
八戸脳卒中チームフェラーリは、
患者の自宅から診療をはじめ、
加速し、根本治療につなげる。
病院到着からt-PA注射まで10分。
血栓回収術開始まで25分。
0時35分、麻痺がすっかり治った女性は
救命救急センターに入院した。
構音障害も回復した女性は
「本当にありがとうございました」と言いいながら、
先ほどまで動かなった手を胸の前で合わせた。
後期研修医たちの着ていた
脳卒中チームフェラーリのスクラブは汗でびしょ濡れだった。
彼らは夕食の馬肉料理は完食できなかったが、
跳ね馬マークが付くスクラブを着る達成感を完食できた。
F1レースでは、1分間に6000m走ると言われている。
F1チームフェラーリは、この1分を節約することで、
他のチームより6000m先をレーシングカーに走らせることができる。
(続く)

脳卒中チームフェラーリ その6

2018年05月25日 18:23

その間に、PTINRが1.0であることが判明する。
ほぼ同じ時刻の23時33分、
森医師のPHSが鳴った。
CT室の藤田医師から「t-PA適応です」と。
ERの森医師は隣にいた看護師に伝える。
「t-PA溶解してください」
看護師は佐々木医師が書いた大きな文字グルトパ28mlのメモを復唱し
薬剤を注射器に詰めた。
そのうち2.8mlだけを別な小さなシリンジに抜き取る。
総量28mlのうち10%を1から2分で静注するのが基本治療法。
残りは点滴投与する。
2.8mlのグルトパが入ったシリンジを持って、
森医師はCT室へ走る。
ER周辺の廊下には、フライトドクターが走ることを想定して
カーブミラーがつけられている。
森医師はカーブミラーに映る右折先の廊下に誰もいないことを目視して
大股で走る。
患者は造影CTが終わるところだった。
23時35分(病院到着10分)森医師は
「グルドパ2.8ml投与します」と言って薬剤の入っているシリンジを
点滴ラインにつなげ、ピストンを押した。
夢の薬剤は女性の右ひじの20G留置針から体に吸い込まれていった。
鈴木脳血管外科部長は造影CTで脳血管の走行と閉塞部位を見極める。
藤田医師と伊沢、清水医師はt-PA投与中に血管造影室へ走った。
心房細動による血栓が中大脳動脈の太い場所で詰まらせていたことは、
造影CTと症状からわかった。
後遺症をなくするには、
t-PA投与に加えて血管内治療で
経皮的脳血栓回収術をする必要がある。
3人の医師は放射線技師と一緒に血管造影室の準備をする。
鈴木脳血管外科部長と森医師、
佐々木医師はCT室に残る。
女性の造影CTが終わり、
CT室のディスプレーには精密な脳血管が映し出された。

森、佐々木医師に加えて、
次のドクターカー出動準備を終えた近藤、小山医師は
女性をCT台からストレッチャーに乗せる。
CT室入室時は救急車のストレッチャーだったが、
今度はERのストレッチャーを使う。
近藤医師は救急隊長に「脳梗塞だったよ。キット間に合う」
救急隊長は満足げにCT室から消えた。
女性はCT室から血管造影室へ移動を始めた。
そのころ、鈴木脳血管外科部長はマウスを回転させて
ディスプレー上で何度もピンク色に染まる脳血管を見る。
そして、一人頷きみんなより2分遅れで血管造影室へ入った。
(続く)

脳卒中チームフェラーリ その5 

2018年05月24日 21:17

t-PAを使うためにはいくつかの条件がある。
その一つが血圧管理だ。
高血圧では使えない。
近藤医師は血圧197/126mmHgに対して、
降圧薬のニカルジピンを静注した。
小山研修医が採血した血液は試験管の中に適量入っていた。
そのうち凝固検査PTINRはERに着いたらすぐに迅速キットで行うつもりだった。
PTINRが延長しているとt-PAが使えない。
異常がないことをいち早く知り、
迅速なt-PA静注に結び付けたいという思いからだ。
ピーポーサイレンの響く救急車内で、
小山研修医はt-PAの禁忌項目があるかを娘に尋ねる。
小山医師は、研修医1年目に、
ISLSという脳卒中セミナーを受講している。
素早い正確な診察で脳梗塞症例にt-PAを投与するための講習会だ。
八戸では、研修医を漫然とドクターカーに載せるのではなく、
狭い車内、限られられた時間と器材で質の高い救急診療を行うために、
実技講習会を月に一回程度開催している。
ISLSという脳卒中セミナーはこんな時に役立つ。

 23時25分(走行時間23分)、
近藤、小山医師と患者を乗せた救急車は、
八戸ERに滑り込んだ。
バックしてERの自動ドアに近づく救急車の後ろの窓越しに、
当直の森医師だけでなく、
昼間と変わらない人数の医師が自動ドアの外に出迎えてくれていたのが見えた。
近藤医師はうれしかった。
小山研修医はこの病院の機動力のすごさを感じた。
外側からノックされた後、
後部ハッチドアが跳ね上げられた。
小山医師は一番に救急車を下りてERに消えた。
手には採血試験管が握られている。
看護師は森医師があらかじめ印刷していた検査ラベルを試験管に貼って、
リニアに入れて検査室行のボタンを押した。
残った試験管1本は森医師がこれからPTINRの迅速検査をする。
佐々木医師は娘から母親の体重を聞き出す。
それを看護師に伝えた。
電卓で佐々木医師はt-PAの注射量を算出し、
メモ用紙に大きく書いた。グルト28ml。

跳ね馬マークが付くスクラブを着た藤田、
伊沢、鈴木、清水医師と救急隊は、
患者を救急車のストレッチャーに乗せたままで
CT室へ移動する。
近藤医師は、脳卒中スケールを専用用紙に書き込み完成させた。
合計NIHSS 13点だ。
森医師は小山研修医が家族から聞いた
t-PA禁忌事項がないことがチェックされている書類を引き継ぐ。
森医師は娘とERで面談する。
もし、CTが正常で急性期脳梗塞だったら、
t-PAを使うかどうかの説明だ。

家族の同意はとれた。
(続く)

脳卒中チームフェラーリ その4

2018年05月21日 18:01

 月曜日の夜、残業を終えて、
藤田、伊沢、佐々木の後期研修医に清水研修医を加えて
病院近くのレストランで遅い夕食をとっていた。
八戸の隣に五戸町がある。
そこは織田信長の戦国時代から馬の産地で有名だ。
夕食には八戸沖の新鮮な刺身と、
五戸町の馬刺しがテーブルの上に載っていた。
馬刺しは、田子産のニンニク醤油で食べる。
全国に馬刺しのおいしい産地はあるけれど、
日本一ニンニクを一緒に食べれられるところは、
この八戸周辺だけだ。
会話が弾んだ頃・・・・
3人のスマホがほぼ同時にピロロンとなり、
緑色に液晶が変わった。
「あっつ、脳卒中だ」後期研修で一番若い佐々木医師が言う。
その言葉が言い終わらないうちに
藤田医師が立ち上がる。
つられてみんなが立ち上がった。
研修医の清水医師を含めて4名の医師は、
馬肉料理を食べ残して病院へ向かう。

 鈴木脳血管外科部長は、病院のすぐそばに住んでいる。
医師には二種類ある。
On offを区別するために病院から少し離れた
住宅街や華やかな場所に住むもの。
緊急対応するために病院のそばに住むもの。
都会では前者も可能だ。
比較的医師数がそろっているので、
当番制を敷いているので自分が呼び出しされる曜日が決まっている。
だが地方ではそうはいかない。
ほぼ毎日on callも珍しくない。
鈴木医師はその後者であった。
スマホの要請で自宅から病院へ向かった。
 
わずか6文字のLINEで3名の救急後期研修医と、
1名の研修医、
1名の脳血管外科医が病院へ向かう。
その行動前に追加の質問はしない。
質問しても現場に医師が到着前では、
答えは返ってこない。
5名の医師が病院へ向かっているとき、
近藤医師は血栓溶解薬t-PAを使うための準備を
病院へ向かう救急車内で始めていた。
(続く)