21世紀の救急医療

2017年10月22日 18:20

https://www.youtube.com/watch?v=U7SLOgXPcXY
八戸東高校放送部作成

【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】15

2017年10月20日 18:20

【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】
龍田恵子 著
第1章 こちら救命救急センター
救急医になった理由⑤

そして、明秀が本格的に救急医をめざすきっかけになった二つの事件がある。一九八四年、青森県立中央病院で研修をしているときのこと、暴漢に刺された旅館の女将が運ばれてきたが、明秀は胸腔ドレーンを入れることしかできなかった。みんなで処置に当たったが、治療はそこまでしかできない。そのあと何をすればいいのか、誰も知らなかった。外科医を呼んだが、彼もわからない。患者が「痛い」「苦しい」とうなり声をあげているというのに、次ぎの一手がなく、まごまごしているうちに患者は死亡した。それは避けられた死であり、明秀はショックを受けた。
もう一つの事件とは、國松長官狙撃事件だ。
一九九五年三月三十日午前八時半ごろ、國松孝次警察庁長官が東京都荒川区の自宅マンションを出た直後に、背後から自転車で近づいてきた白マスクで登山帽の男に拳銃で狙撃され、腹部などに三発の銃弾を受けた。瀕死の重症だったが、搬送先の日医大附属病院で手術をして一命を取り留めたというニュースに明秀は興奮した。
「おお、これぞ外科医として生きる道だ!」
さらに高度な救命救急をめざしたいと思ったのである。青森の大間病院時代に本格的な救命救急の始まりを肌で感じた明秀がめざすものは、瀕死の重症患者を一人でも多く救うことだった。
なお、國松長官狙撃事件の犯人は見つからないままだったが、二〇〇四年七月、元オウム真理教信者の小杉敏行・元警視庁巡査長ら三人が殺人未遂容疑で逮捕された。しかし、東京地検は二十八日、起訴を見送り、刑事処分を保留したまま釈放した。結果的に立証できず、現在も未解決のままとなっている。
明秀は日医大の教授に電話をかけて相談すると、
「すぐに見学に来なさい」
早速、明秀は上京し、文京区にある日医大附属病院の救命救急センター(現・高度救命救急センター)へ行った。日医大附属病院は、日本の救命救急センターの草分け的存在である。東京都第二次救急(集中治療を要する救急患者を扱う)医療施設として、東京消防庁からの救急患者収容要請や二次救急病院からの転送依頼を断わらないという救急患者優先主義が開設以来の一貫した方針。一九七七年(昭和五十二)に救命救急センターが厚生省の指定する第三次救急医療施設として認可された。
明秀がそのパイオニアたる救命救急センターで目にしたのは、日夜、搬送されてくる救急患者の多さと、医師やスタッフが二十日も帰宅できずに狭い当直室に寝泊まりしながら、救命活動に当っている光景だった。
「これはたいへんだけど、やりがいがあるぞ。あのとき國松長官はここで助かったのだ。おれもやってみたい」
体中の血が騒いだ。やはり、青森県の救急医療とは規模がちがった。初期治療から手術、ICU管理まで、すべて救命救急センター専属の医師と看護師が二十四時間体制で治療にあたっている。一般外科救急科・脳神経外科・胸部外科・整形外科・麻酔科・精神科の専門医の資格をもつ救急専門集団が魅力的に映った。
次回に続きます…

書籍の連載

2017年06月04日 11:48

http://qqka-senmoni.com/voice/books-rensai-list
書籍の連載好調です。
「プリベンタブルデス」

プリベンタブルデス ある救急医の挑戦

2017年05月14日 21:10

救急現場、密着ドキュメント!
① 【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】
のインターネット連載が始まりました。

book-pd01-01-330x487@2x[1]
http://qqka-senmoni.com/3481

神戸岩田健太郎教授

2017年04月06日 16:03

一刀両断 - コピー

神戸大学
岩田健太郎教授のブログから転送です。
救急エコー一刀両断の書評です。

結論から申し上げる。
ぼくは本書が大好きだ。
かなり、シビレた。
 監訳者である今明秀先生から本書の書評を書くよう依頼されたときは、
正直、困惑した。
ぼくは超音波のプロではないし、
救急のプロでもない。
FASTなんてやったことがない。
ぼくが沖縄県立中部病院で研修していた時は、
まだこのコンセプトはなかったと思う。
その後はわずかな北京時代以外は外傷患者をケアする立場になく、
その診療所はFASTを行うようなセッティングではなかった。
とにかく、本書を論ずるにはあまりに場違いな立場ではないか。
ぼくはまるで、青山通りをひとりで歩いているかのような
アウェー感をこの依頼に感じたのである。

 しかし、本書を読んでぼくのアウェー感は霧散した。
本書は「ぼくのために」書かれた本だったのだ。
もちろん、著者たちには(訳者にすら)そのような意図は毛頭なかったと思うが、
ぼくはそのような温かい呼び声「calling」を感じたのである。
ぼくのアイドル、医師の理想像であるポール・ファーマーは講演のとき、
聞き手一人ひとりが「私だけのためにポールは話してくれている」と感じさせる稀代の人たらしだが、
ぼくは同じことを本書に感じたのだ。
 
本書は超音波を専門にする技師や医師のために書かれた本ではない。
ぼくのように超音波に疎い、
しかし「超音波使えたらいいよな」と思っている医療者のために書かれたのだ。
本書は「10回の実施程度で術者はその症状について十分な検査ができるようになる」
ことを目指した本なのである。
これは素晴らしいことではないか。
石を見つけたり、血栓を見つけたいとき、
自分でプローベを持って調べることができたら、
とてもハンディで便利ではないか。
確かに専門家に任せればずっと精緻で膨大な情報をもたらしてくれるであろうが、
夜間、遠隔地、あるいは被災地など精緻な情報の意義が相対的に目減りし、
手近で即時的な情報の価値がずっと高いときに、
このような痒いところに手がとどくような本がポケットに入っているのは素晴らしいことではないか。

被災地の診療現場全てに放射線科専門医や超音波検査技師を配置するなど、
ナンセンスなことなのだから。

 ぼくが特に本書で感動したのは、
「救急エコーの適応と限界」を明確に示したことにある。
超音波技術に極めて優れた日本で、
なぜオーストラリア人が著した本を訳さねばならないのか、
そこも当初ぼくが訝しく思った点である。
理解した。日本は技術に対する敬意が非常に高い国であるが、
反面、批判的吟味は苦手な国である。
超音波のテキストであれば、
「こういうことができる、あんなこともできる」な本になる可能性が高い(それも名人限定)。
あるいは、超音波が不要な場合にもこんなして使え、
あんなして使え、の本になるかもしれない。
しかし、正当な適応(と不適応)、
それに理性あるリミテーションがあるからこそ、
ぼくのような読者は安心して本書を活用できるのである。

 本書の射程は長い。
宇宙空間における超音波の活用が書かれている。
超音波検査の未来が述べられている。
そして、かっこよく、
こうしめくくられている
「聴診器も使えないような医師では、やはりUSも使えない」と。
本書が極めて臨床的なテキストであることが、
ご理解いただけただろうか。