プリベンタブルデス ある救急医の挑戦

2017年05月14日 21:10

救急現場、密着ドキュメント!
① 【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】
のインターネット連載が始まりました。

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神戸岩田健太郎教授

2017年04月06日 16:03

一刀両断 - コピー

神戸大学
岩田健太郎教授のブログから転送です。
救急エコー一刀両断の書評です。

結論から申し上げる。
ぼくは本書が大好きだ。
かなり、シビレた。
 監訳者である今明秀先生から本書の書評を書くよう依頼されたときは、
正直、困惑した。
ぼくは超音波のプロではないし、
救急のプロでもない。
FASTなんてやったことがない。
ぼくが沖縄県立中部病院で研修していた時は、
まだこのコンセプトはなかったと思う。
その後はわずかな北京時代以外は外傷患者をケアする立場になく、
その診療所はFASTを行うようなセッティングではなかった。
とにかく、本書を論ずるにはあまりに場違いな立場ではないか。
ぼくはまるで、青山通りをひとりで歩いているかのような
アウェー感をこの依頼に感じたのである。

 しかし、本書を読んでぼくのアウェー感は霧散した。
本書は「ぼくのために」書かれた本だったのだ。
もちろん、著者たちには(訳者にすら)そのような意図は毛頭なかったと思うが、
ぼくはそのような温かい呼び声「calling」を感じたのである。
ぼくのアイドル、医師の理想像であるポール・ファーマーは講演のとき、
聞き手一人ひとりが「私だけのためにポールは話してくれている」と感じさせる稀代の人たらしだが、
ぼくは同じことを本書に感じたのだ。
 
本書は超音波を専門にする技師や医師のために書かれた本ではない。
ぼくのように超音波に疎い、
しかし「超音波使えたらいいよな」と思っている医療者のために書かれたのだ。
本書は「10回の実施程度で術者はその症状について十分な検査ができるようになる」
ことを目指した本なのである。
これは素晴らしいことではないか。
石を見つけたり、血栓を見つけたいとき、
自分でプローベを持って調べることができたら、
とてもハンディで便利ではないか。
確かに専門家に任せればずっと精緻で膨大な情報をもたらしてくれるであろうが、
夜間、遠隔地、あるいは被災地など精緻な情報の意義が相対的に目減りし、
手近で即時的な情報の価値がずっと高いときに、
このような痒いところに手がとどくような本がポケットに入っているのは素晴らしいことではないか。

被災地の診療現場全てに放射線科専門医や超音波検査技師を配置するなど、
ナンセンスなことなのだから。

 ぼくが特に本書で感動したのは、
「救急エコーの適応と限界」を明確に示したことにある。
超音波技術に極めて優れた日本で、
なぜオーストラリア人が著した本を訳さねばならないのか、
そこも当初ぼくが訝しく思った点である。
理解した。日本は技術に対する敬意が非常に高い国であるが、
反面、批判的吟味は苦手な国である。
超音波のテキストであれば、
「こういうことができる、あんなこともできる」な本になる可能性が高い(それも名人限定)。
あるいは、超音波が不要な場合にもこんなして使え、
あんなして使え、の本になるかもしれない。
しかし、正当な適応(と不適応)、
それに理性あるリミテーションがあるからこそ、
ぼくのような読者は安心して本書を活用できるのである。

 本書の射程は長い。
宇宙空間における超音波の活用が書かれている。
超音波検査の未来が述べられている。
そして、かっこよく、
こうしめくくられている
「聴診器も使えないような医師では、やはりUSも使えない」と。
本書が極めて臨床的なテキストであることが、
ご理解いただけただろうか。

八戸で開催する日本航空医療学会

2017年04月05日 18:28

劇的救命書道22017331

劇的救命書道パフォーマンスの新聞記事です。
2017.4.5 デーリー東北に載りました。

理想の医師に近づく光

2017年02月28日 18:43


八戸救命卒業生の
木川 英医師の文章が雑誌に載りました。
転載します。
木川英めからうろこ

「理想の医師に近づく光」
川越救急クリニック 副院長 木川 英
Doctors magazin2017年3月号

かつて自分が患者だった頃、
技術を持った心温かい、
優しい医師にかかりたいと思うもかなわず、
それだったら自分がそうなるしかないと夢見ていた少年時代。
その後、医師になって駆け出しの時期、
3日に1回の当直や休日出勤するたびに、
他の人が休んでいる時に何でこんな苦労してまで働いているのだろうか。
自分が心から望んでなれた職業はこんなにつらいものなのか。
などと、弱音を吐くことも多く、
自分を見失っていた時に、
「生きることの最大の障害は期待を持つということであるが、
それは明日に依存して 今日を失うことである」(セネカ)
という古代ローマの偉人の言葉に救われた。
今を懸命に生きることが明日につながることを信じて、
日々を生きてきた。
そして自分の医師という職業に対する熱意を回顧して、
医療の原点である救急の分野に進む決意をした。

現在は、破天荒な夜間救急専門クリニックで診療をしているが、
救急医療の原点を教えてくれたのはかつてこのコラムで
「太平洋漂流溺水心停止」をPCPSで劇的救命した今明秀先生である
(このコラムにちらっと私が登場していた) 。
今でこそ、
八戸救急は一つのブランドになっているが、
最初からそうだったわけではない。
院内、行政、さまざまな壁にぶつかりながら、
その都度突破して、
夢を実現してきたのを目の当たりにしてきた。
一次から三次まで全ての救急患者を診察し、
さまざまな夢を持つ仲間たちと過ごした日々は、
本当に「劇的」な筋書きのないドラマだった。
北国青森県で経験した全ての出来事は今の私の血となり肉となっており、
そのスキルを発揮するためにここにいる。

しかし、この数年ですっかり医療業界の人間になっており、
変な自信が付いてしまい、
体中にウロコが付いてしまったことを自覚していなかった。

その北国で非医療者である妻と結婚し、
子供にも恵まれた。
勤務時間が不規則な上、
帰宅すると睡眠に陥ってしまうので、
会話の中で仕事の愚痴っぽいことを言う機会は少ないのだが、
そのような中で医療者としては常識でも、
一般的には常識でないことがある。

木川「いやー、真夜中にちょっとした発熱くらいで救急車を呼ぶかねー。
そのまま寝かせていればいいのに」
妻「あなたが医者だから、この子は病院に行かずに済んでいるけど、
普通の人なら心配に思うでしょ」
木川「ノドの辺りから変な音がして苦しそうって連れてきたんだけど、
あれは明らかにしゃっくりだから、
わざわざ病院に来る必要はないんじゃなかったかなー」
妻「あなたはしゃっくりってすぐに分かるかも知れないけど、
普通は呼吸がおかしいと思うでしょ」
木川「アナフィラキシーならもちろん緊急事態だけど、
はちにちょこっと刺されたくらいで病院に来るのかなあ。
痛みがひどいとかかゆいならまだ分かるけど」
妻「はちに刺されたら、病院に行くでしょ。
何が起きるか分からないもん」
子「おなかいたい」
木川「どれどれ、パパが診てあげるよ」
圧痛なし、その他の所見も異常なし。
その後、普通に走り回っている。
木川「本当に痛いのかなあ。メンタル的なものか」
妻「あなたはいやなことがあって、
お腹が痛くなったことがないんでしょうけど、
本当に痛いんだよ!適当なこと言わないで!」

かつて自分が一番嫌いだった
なりたくなかったような医師になってしまい、
それに気付かぬままここまで来てしまった。
しかし、そんな自分に対して厳しくも適切なコメントをくれた家族に救われた。
もし妻が医療者であったら、
私の文句に同意してしまっていたかもしれない。
患者さん一人ひとりと真剣に向き合って、
患者さんに優しくありたいという医師を目指した原点を教えてくれた
妻と子の言葉や態度で目からウロコが落ちたのである。

気胸 最終

2017年02月21日 18:00

致死的胸痛の原因はほかにもある。
特発性食道破裂だ。
飲酒後の、嘔吐が誘因となるのが、特発性食道破裂だ。
男性は、嘔吐していないので、
食道破裂ではない。
特発性食道破裂の診断は胸痛発症前の嘔吐のあるなしで決める。

致死的胸痛の肺塞栓は、すべての致死的胸痛が否定されたときに、
まず考える。
なりやすい人は決まっている。
ガン、
下肢、骨盤の大けがの数日後、
安静や臥床することが多いとき、
下肢からの持続輸液、
経口避妊薬。
この男性にはどれもあてはまらない。

肺塞栓になる前には、
多くの患者は、下肢に血栓ができる。
鼠経の静脈のエコー検査をしたが、
鼠径部の静脈に血栓はない。

肺塞栓の原因となる下肢静脈の血栓で下腿に痛みが出る。
下腿を握ったが痛みはなかった。

ということは、
ここまでで
致死的胸痛はない。
胸痛の原因は気胸だ。
しかし、CTで大動脈解離がないことを見る必要がある。
致死的ではないが、
進行する気胸なので、
すぐに胸腔ドレーンを入れた。

CTで大動脈解離はなし。

男性は、胸腔ドレーンを入れて、呼吸器外科に入院となった。
最初は、胸腔ドレーンをからの血液はわずかに出ていた。
ところが
入院後数時間で、胸腔ドレーンからの血液流出が増えた。
自然気胸では時々ある。
出血することが。
1Lを超えた。
止血手術が必要となる。

男性は夕方前に手術室へ移動した。


気胸 完