TVカメラは知っている  前編

2009年11月06日 23:52

テレビの取材が入ると何かが起こる。

その日も私たちは、朝日が差し込む明るい部屋でカンファランスをしていた。

ドクターヘリ通信司令室では、いつもどおり消防無線を傍受していた。
消防県波は、遭難者を懸命に捜索する防災ヘリしらかみの状況を伝えている。
CSは、そうした無線通信からドクターヘリに関わりそうな情報をかぎ分ける。

「新郷村で意識障害発生」
119番通報内容で救急車が出動した。
ドクターヘリ通信司令室のCSは耳を凝らす。

現場に救急隊が到着したらしい。
「意識はJCS 3桁・・・・・・・」救急車から八戸消防本部への通報だ。

CSは即座に反応した。院内PHSを取り上げ私に電話をかける。
「新郷村で意識障害発生。JCS 3ケタ。ドクターヘリ要請あるかも知れません」
同時に機長にも連絡していた。

整備士と機長は、すでにヘリポートに出してあるEC135の出動準備にかかる。
私はドクターヘリ通信司令室へ移動する。
まだ要請は来ない。

来た!
机の左から2番目、ドクターヘリホットラインの電話が鳴る。

CSは左手を受話器に伸ばし、「ハイ、ドクターヘリ通信室粟島です。」と答えながら、
右手でフライトスタッフ一斉呼び出し用PHSのコールボタンを押す。
そして次は、院内廊下に設置されたパトライト点灯ボタンだ。
彼の右手はそのあとで、やっと鉛筆を持ちメモを始める。
先ほどの無線傍受中から、新郷村の地図はすでに開かれている。
ランデブーポイントもすべて、頭に入っている。

ランデブーポイントは、小渡平公園と決定した。
壁に吊ったカラー液晶モニタに、メインローターが回り始めたEC135が映っている。
実物より赤が強く、鮮明に見える。そして空は、抜けるように青い。

病院屋上に設置された風向・風速計が、電話の左隣で風の状態を表示している。
大丈夫、風は弱い。もちろん、機首は風上である西に向けられている。

液晶モニタからEC135が消えた。離陸したのだ。
ほぼ同時に、ドクターヘリ整備士が離陸時刻を無線で伝えてくる。

CSの仕事は途切れない。
八戸消防と電話で連絡をとるが、傷病者の情報は先ほどから増えなかった。
「八戸市民病院から青森ドクターヘリ1どうぞ。傷病者情報を送ります。」
「ハイ、青森ドクターヘリ1です。お願いします」
「70歳代女性。新郷村の山中の道路で意識がないところを通行人が発見しました。
意識レベルは3ケタ。どうぞ」
「続けてどうぞ。」
「ランデブーポイントは地図帳●●ページ、小渡平公園。 」
「青森ドクターヘリ1了解。ランデブーポイントまで、あと5分」

・・・・
ドクターヘリの中では、患者の対処方法を看護師と打ち合わせていた。
意識レベルにより戦略が大きく変わる。正確な情報がほしい。
救急隊に無線を入れる。

「青森ドクターヘリ1から八消救急どうぞ。」
「八消救急です。患者情報送ります。
70歳代女性。山中の道路で卒倒。
側溝に下半身を入れたまま意識障害。JCS三桁です。
バイタルサインは、血圧●●・・・」

看護師と打ち合わせする。
「気管挿管だね。プロポフォール用意して。
最初に輸液。次に血糖検査。そして超音波。
それからプロポフォールを入れて気管挿管します。
収容先は、おそらく八戸」

着陸地点がみえてきた。赤車も白車も到着している。
「私は前のドアから、看護師は後ろのハッチから入ってね」
看護師と、前もって確認しておく。

機長「高度を下ろします」
整備士「左にヒトが見えますね」
機長「離れているから大丈夫」

整備士が着陸地点を最終確認する「いいよ、ここで」
機長「降ります」
整備士「着陸」

(続く)

午前0時のVF

2009年11月05日 23:27


その日は、私、木川、軽米の3名の救命救急センター医師が当直していた。
1年目研修医の比嘉は副当直、村田と河崎の両研修医は内科当直だった。

すさまじい数の救急患者の中に混じって、40歳代の女性が運ばれてきた。
救急隊長は吉田救急救命士だ。
胸部不快感で自宅へ出動したところ、本人が玄関口に出て、歩いて救急車に乗ったという。

病院着は23時54分。
いつもどおり、内科当直医はドアの外で出迎える。

冷や汗なし。第一印象は重症ではない。
しかし吉田隊長は胸部症状を重くみて、歩かせずにストレッチャーのまま患者をER1番ベッドへ運び入れた。最重症対応用に準備されている1番ベッドを指定したのはナースだ。

患者は呼びかけに頷いていたが、声をかけながらモニターを付けるうち全身痙攣が始まった。
心電図モニターは痙攣のせいか波を打ち、顔色は黒くなっていた。

頚動脈を触った河崎医師は、CPAを宣言した。
心電図は、痙攣ではなく心室細動(Vf)で波打っていたのだ。
すかさず、村田医師が胸骨圧迫を開始した。

河崎医師は電気ショックを指示しながら、頭側に立って呼吸補助をはじめる。
2番ベッドにいた軽米医師と木川医師が合流する。

0時ちょうど。
150Jの除細動が実施された。
呼吸は止まっている。
軽米医師が、点滴ルート確保を一発で成功させた。
「リドカイン100mg入れて」私は指示をした。

若いが突然発症の胸部症状とVfから、心筋梗塞を考える。
比嘉医師は、内服薬と既往歴を確かめに外へ駆け出した。
村田医師は、電子メトロノームが刻む毎分100回のリズムに合わせ胸骨圧迫を続ける。

胸骨圧迫に沿って動いていた心電図に、新しい波形が読み取れるようになってきた。
気管挿管のため胸骨圧迫を止めた隙に、木川医師が頚動脈を確かめる。
「心拍再開」

河崎医師が意識を評価する。まったく動かない。
「E1V1M1です。気管挿管します。」

心臓が動きだしたら、次は脳の治療だ。
二酸化炭素が溜まると脳細胞が傷んでしまう。
換気を適切に保つ必要があるので、意識が戻るまで人工呼吸を行う。

その日の当直ナースは、フライトナース。
すでに気管挿管の準備は済んでいる。
0時10分、河崎医師は一発で気管挿管を成功した。

不整な脈が出ていた。マグネシウムを投与する。
心電図を取ると、やはりSTに異常がある。

比嘉医師は、入手した病歴を大声で皆に伝える。
もう誰かが循環器内科に連絡していた。
循環器科が緊急心臓カテーテル検査を済ませ、患者は救命救急センターに入院した。

翌朝9時。
回診に行くと「お世話になりました」
意識は正常に戻っていた。


これもまた、劇的救命だ!

田んぼに着陸

2009年11月04日 23:51


稲刈りが終わりました。
一週間前は黄色に染まっていた田んぼが、いまは土色です。

要請は、南郷からでした。
15時50分119番通報。自宅で意識障害の患者です。
15時57分ドクターヘリ出動要請。15時58分には救急隊が現場到着しています。
16時00分ドクターヘリ離陸して、着陸は16時07分でした。

患者発生場所とランデブーポイントのカッコーの森運動場は、距離があります。
運動場に着陸しても、患者が救急車で運ばれてくるのを待つことになるかもしれません。
整備士は、CSへ無線を入れます。
「患者発生場所はどこ」

CSから返ってきた地図帳の座標をもとに、ヘリは患者発生場所へ向かいました。
上空から救急車が見えます。救急隊はまだ現場活動中のようです。
機長と整備士は、現場近くに着陸できる場所がないか見回します。

稲刈りが終わった田んぼが近くにありました。

あぜ道は細くてEC135の着陸には無理ですが、
稲刈りが済んだ後の田んぼは広くて平らな黒土の地面です。

EC135は、周囲の安全を確認しながら田んぼに向かって降下します。
ヘリのスキッドが着地しても、メインローターは回したままです。

最初に整備士が降ります。安全を確認してから後部のドアを開けました。
明石医師は注意深くステップを踏み、田んぼに降ります。
雨でぬかるんだ田んぼに、安全靴が沈みます。
看護師はその状況を見て、さらに慎重に降ります。

田んぼを抜けて走り、患者に接触したのは16時09分でした。
医師と患者の接触を確認したドクターヘリは、再びエンジン音を響かせて白い機体を垂直方向に持ち上げます。
高度300mで停止し、地上の医療活動を見守ります。

16時14分、明石医師と救急隊長は救急車搬送を選択しました。
患者を乗せた救急車は、ランデブーポイントに立ち寄ることなく病院へ直行しました。

もちろんその決断は、消防無線でドクターヘリに伝わっています。
走り出した救急車を見届けると、EC135は高度を上げ、八戸市民病院のヘリポートへ機首を向けあっという間に救急車を追い越してゆきました。

ラブドと思ったらアブド その2

2009年11月03日 21:24

佐藤先生から申し送りを受け、患者さんを診察する。
八戸市立市民病院救命救急センターに、ダイレクトブルーで患者情報を伝えた。

1103_佐井救急隊からドクターヘリへDSC00863

ヘリに患者さんを収容し、エンジンをスタートする。
EC135は、西風を受けて華麗に離陸した。
大間灯台もあっという間に小さくなった。

オコッペの原子力発電所工事現場が見える。
右に竜飛岬、後ろに北海道が見える。
ここは青森市より函館の方が近い。テレビチャンネルも北海道放送だ。

佐井村の事故現場はどこかわからなかった。
仏ヶ浦、平舘海峡、脇野沢の鯛島と通過するうち青森市が見えてくる。
穏やかなフライトだ。麻薬注射と酸素投与で患者も安定している。

国定公園仏が浦
1103_国定公園仏が浦DSC00872

下北半島南端の鯛島
1103_下北半島南端の鯛島DSC00876

夏泊半島大島
1103_青森市目前の夏泊半島大島DSC00878

陸奥湾を横切る。
「陸奥湾を飛行します。それぞれ救命胴衣の位置を確認して下さい」機長の声
みんな、座席下の黄色い救命胴衣を手で触った。

野辺地町を通過し、三沢近くに差し掛かったとき、
「高度を上げます。患者のバイタルサインいかがでしょう」機長から声がかかった
「安定しています。高度上げても大丈夫です」久々の昆医師の声
それまで350mだったのが、800mまで上がった。
なぜ?・・・・

すぐに分かった。
「右に、航空機が着陸態勢に入っているのが見えますか」機長の声
白く大きい飛行機が目に入る。飛行機とぶつからないよう高度を上げたのか!

1103_ニアミスDSC00881

「青森ドクターヘリ1から八戸市民病院どうぞ。あと3分で着陸」
「南西の風6ノット。鉄塔に注意して下さい」
「青森ドクターヘリ1了解」

大間往復の長旅を終えたEC135は、整備士が給油して、すぐに次の出動に備えた。
私たちは、患者さんの治療に入る。


下肢が長時間挟まれると、筋肉が傷んで細胞内の成分が血液中に流れ出して全身に影響が出る。
横紋筋融解やクラッシュ症候群と呼ぶ。大災害で多発することで有名だ。

患者さんが挟まれた時間は、どれくらいだろうか。
下肢を挟まれていたことから、横紋筋融解(rhabdomyolysis, ラブド)を考えた。
胸部外傷,脳震盪、それに軽いラブド。

観察するうちアシドーシスが進む。おかしい。
大間病院で撮影された腹部CTを見直す。やっぱり問題ない。
しかし腹部には圧痛があり,触診で痛がる。
超音波検査は問題ない。

「リピートCTだ。」
昆祐理医師と安部智大医師は、患者をもう一度CT検査へ連れて行った。

昆祐理医師から私に電話が入った。
「手術適応です。すぐ診てくれませんか」

患者を診ると、先ほどと違う。
そしてCTには、腹部外傷が写っていた。

横紋筋融解(ラブド)ではなく、腹部外傷(abdominal injury, アブド)だったのだ!
手術室の準備を整え、私たちは患者とともに手術に向かった。

ラブドと思ったらアブド その1

2009年11月02日 20:05

佐井村は、本州最北端大間町の隣にある。
青森市まで、もっとも陸路で時間がかかる村だ。

その佐井村にある仏ヶ浦は、国定公園下北半島で最も人気がある。
海岸に突き出た岩肌が仏の顔をしているという。佐井村から陸路で40分以上かかる秘境だ。

交通事故は,その佐井村で午前8時10分ころ起きた。
普通自動車を運転して観光中の男性が、対向車と正面衝突した。
対向車は2tトラック。患者が乗っていたトヨタの小型車はひとたまりもなく前方大破。
すぐにトラックの運転手が車を降りて患者を救出しようとしたらしい。
車に挟まれた患者は身動きできず、到着した救急隊が約15分かかって患者を車外救出した。

最初の血圧は80でショック状態。呼吸が速い。
全脊柱固定で救急車に収容したものの酸素飽和度が低く、胸痛もある。
挟まれていた下肢は紫に腫れていたという。
100%酸素を投与しながら直近の大間病院へ運んだ。

佐井診療所は数年前に閉鎖になっている。
佐井村から大間病院まで、30分以上かかって搬送された。
大間病院では、自治医大卒の佐藤医師が慎重に診察を開始する。

午前9時30分、佐藤先生から私に電話が入った。
「交通外傷、肺挫傷、下肢が挟まれていました。
ドクターヘリで八戸へ転送したいのです」
「35分で着きますから、消防にドクターヘリ要請して下さい」

今日は朝から天気がいい。大間までのフライトは安全だ。
大間まで120km。出動前に燃料を追加する。

ドクターヘリホットラインは5分後に鳴った。
EC135は、122回目のフライトを前にエンジン音も好調だ。
メインローターの回転も最高潮に達する。
乗り込むのは今&昆と看護師。

「離陸します。もう一度シートベルトを確認して下さい」機長の声

青空に吸い込まれるように、EC135は病室の最上階の窓まで一気に浮き上がった。
病院の西病棟の先をかすめて、北に向かって進行する。

八戸市内の向こう、三陸海岸の青い海まで見えるような快晴だが、
七戸上空では八甲田おろしが、野辺地上空では乱気流が、EC135を大きく揺らす。
陸奥湾にさしかかると揺れは収まった。海上では気流が安定するらしい。

「思ったほど時間を稼げません。向い風の北風が吹いています。
気流が安定している海上を行くか、最短距離で下北半島を縦断するかですね」と機長
「海上というと、脇野沢をかすめて平舘海峡寄りの海岸を北上するんですか。
最短距離だと、大湊海上自衛隊飛行場を越え、恐山から津軽海峡に出るのですね」

往きは時間短縮を考え最短距離で飛行することになった。これは揺れるぞ。

陸奥湾の上は平穏だったが、下北半島の上で急に機体が揺れた。
そして霊場恐山の上では、すり鉢状の地形のせいか機体の揺れが大きい。
霊のなせる業か…?

下北半島は、紅葉が始まっていた。
猿や熊がいそうな深い森の上を通る。

津軽海峡の向こうに、函館が見えてきた。
風間浦村のアワビ養殖センターの上を通過する。
大間灯台が見え、本州最北端の岬が近付いてくる。
下北半島の海は、空から見ると沖縄の海と同じ色にみえた。

1103_大間フェリー埠頭の前は津軽海峡DSC00868

大間病院に勤務していたころ、本州最北端までよくジョギングした。
帰りは大きな犬によく追いかけられたものだ。あの犬はまだ生きているかな?

大間病院の2階建てが見える。

1103_本州最北端大間岬と大間病院DSC00867

「大間タンク1から青森ドクターヘリ1どうぞ。
救急車もただいまランデブーポイント到着」
「青森ドクターヘリ1から大間タンク1。あと2分で着陸。風を教えてください」
「西南西の風20ノット」
「青森ドクターヘリ了解」
さすが大間、風の強さがほかと違う。

大間ウィングには、赤車・白車とも到着していた。

1103_事故現場は佐井村だったDSC00864

「着陸します。もう一度シートベルトを確認して下さい」機長の声
EC135は、3月から数えて4度目の大間着陸を果たした。