秋田に行ってきました

2009年11月24日 19:30

秋田大学で,医学部学生に講義をしました。
救急総合診療という題名です。

100名くらいの学生ですが、途中で2人、居眠りしていました。
寝るのはつまらないという無言のメッセージ,その数は面白さのバロメーター。
工夫を凝らして講義を組み立てたつもりでしたが、力及ばず。 残念!

講義の時間が余ったので、ドクターヘリの説明をしました。
こちらは、寝ている人はいませんでした。

秋田県庁のドクターヘリ担当官も出席していました。
秋田県ドクターヘリの予定基地病院である秋田赤十字病院から,
藤田救命救急センター長がいらしていました。
秋田県メディカルコントロール協議会会長の多治見教授のお顔もありました。

秋田県でのドクターヘリ運用開始を応援します。


以下は,講義スライドのうちドクターヘリ部分の抜粋です.

フライトナースへの遠くて近い道 〜お返事〜

2009年11月23日 20:02

先日,フライトナース志望の高校生ひかるさんからのメールをご紹介しました.
本日ご本人からコメントの形でお返事を頂戴しました.
右側の新着コメントとの重複になりますが,せっかくなので記事として再掲します.
頑張ってね,ひかるちゃん!


コメントへのお返事、本当にありがとうございます!今日まで定期テストだったため携帯に触れていなかったので、記事まで書いて下さったのに閲覧できていませんでした。お礼が遅くなってしまい誠に申し訳ございませんでした。

私なんかのために皆様で集まって頂き、感動です…。本当にありがとうございます。フライトナースになるのは難しいのですね…、でも、どんなに大変な道でも絶対に、諦めないで目指し続けるつもりです。
●ICUへの勤務には、普通の看護師になりたいと思った時(7年前です)から憧れています。母が病院関係者なのですが仲の良い看護師さんがICUに勤務していらっしゃるようで、その方からやり甲斐のある仕事だと何度も聞かされているようです。その方の話を母から聞く度に、いい意味で影響されていくのがわかります。
●当たり前のことですが看護師になるまでも勉強を積まなければなりませんが、なって病院に就職した後もたくさんの勉強を積まなくてはならないようですね。看護師になったら積極的に参加して、確かな技術と知識を身につけたいと思います。

確かに、理解ある者同士のほうができる仕事が増えそうですね。

●体力で左右されることもあるというのには驚きました。
今からしっかり鍛えていきたいと思います。
●コミュニケーション能力、確かにすごく大切ですよね。私は今バイトをしていますが、協力しないと時間内に仕事が終わらないので、信頼関係を築くことが大切だというのは日々実感しております。

いろいろ試練があるようですが、まずはめざしている医療大学に合格することが1番先に乗り越えなくてはいけない壁です(汗)そのためにもあと1年しっかり勉強して、受験に備えたいと思います。

貴重なスペースに長々とたくさん書かせて頂いて申し訳ございません。とても勉強になりました。お時間を削ってまで詳しく書いて頂き本当にありがとうございました!絶対に絶対に、フライトナースになってみせます!失礼しました。


PS.八戸市民病院、ぜひ就職したいです!私が行くときまで、お元気で頑張って下さい!(笑)


これだけの決意があれば,フライトナースでもフライトドクターでも実現しそうです!
就職は早くても5年後ですか… 鬼が笑い死にしそうですが,喜んでお待ちしています☆
あ,就職のときは,履歴書にブログのことを忘れずに書いてね♪

冬将軍との第一ラウンド

2009年11月21日 19:03

朝は雪だった。
今日は新幹線で講義に出かける予定になっている。
今年はじめての雪を見越して,駅までの時間を普段の2倍に見積もったのに,
自宅を出てすぐに大渋滞に捕まり,八戸駅に着いたのは発車1分後だった。

「ひょっとして、新幹線も遅れているかもしれない」と期待したが,
電光掲示板には、空しく次の発車時刻が表示されていた。
先方への弁解の言葉を捜しながら,駅の階段を下りて病院へ向かった。


10時25分ドクターヘリ通信指令室のホットラインが鳴った。
実はその少し前に、十和田の病院から転送の相談が来ていた。
全身性の強い痙攣を起こした10代の女性。気管挿管したばかりだという。

ホットラインで家族が同乗すると分かったので、
ヘリに乗り込んだのは吉岡医師と看護師。私は指令室からサポートに当たる。

10時37分離陸。病院上空は曇り。
八甲田方向に雪雲が重なっているのが気になった。

離陸して10分後無線が入った。
「青森ドクターヘリ1から八戸市民病院。現在五戸上空。
前方に厚い雪雲が覆っていて十和田市まで接近できません。
ランデブーポイントの変更をお願いします」

「雪雲は北西から南東に向かっています。
国道45号線沿いで探します。待って下さい」

CSはすぐに、十和田消防本部へ電話を入れた。
相談の結果,折茂小学校に変更となった。

「八戸市民病院から青森ドクターヘリ1どうぞ。
ランデブーポイント変更。折茂小学校グラウンド。支援車両には連絡済。
地図ページ●●、座標●●」
「青森ドクターヘリ1了解」

ところが3分後に再び無線が入る。
「青森ドクターヘリ1から八戸市民病院。現在五戸上空。
前方に厚い雪雲が覆っていています。六戸町の折茂小学校に近づけません。
ランデブーポイントの変更をお願いします」
「それでは六戸総合運動公園に変更します。どうでしょう」
「青森ドクターヘリ了解」

CSは、十和田消防本部へランデブーポイントの変更を伝える電話を入れた。
電話のあとで,十和田消防本部が支援ポンプ車両と救急車に変更を伝える無線通信を通信指令室で傍受した。

さらに3分後。
「青森ドクターヘリ1から八戸市民病院。現在六戸手前上空。
六戸総合運動公園も無理です。天候が悪化しています。
ランデブーポイントの変更をお願いします」
「それでは、下田公園に設定します」

CSと私は、地図帳と天気図を頼りに次々と指示を出す。
次いで,CSが八戸消防本部に電話を入れた。

下田公園は十和田消防管轄ではなく、八戸消防が管轄している。
八戸消防は,支援車両を下田公園へ出すことに同意してくれた。
自署に所属する救急車ではないのに、支援のポンプ車を出すのだ。
それも、数秒の電話でのお願いで。
自治体消防の枠を超えた救急活動。
ついに、青森県はここまで成熟した。

私は、その次のことを考えて、十和田救急車の携帯電話を鳴らす。
電話の向こうは吉崎救急救命士。私と一緒に第1回山形メディカルラリー大会で優勝し、ともに第1回のチャンピオンに輝いた実力派救命士だ。彼に電話で伝えた;
「天候不良で、ドクターヘリが十和田、六戸町に近づけません。
国道45号線を八戸方面に進んで下さい。このランデブーポイント変更が最後です。
下田公園に設定しました。八戸消防が支援してくれます」

3分後無線が入る。
「青森ドクターヘリ1から八戸市民病院。現在八戸駅上空。
下田公園も近づけません。天候が悪化してます。ミッションを終え帰還します」
「十和田の救急車は、45号線を八戸に向かっています。ロスタイムはありません。
先方の医師が同乗しています。」私は明るい情報を伝えた。
「青森ドクターヘリ1了解。八戸市民病院の天候を教えて下さい」
「天候曇り、西風6ノット」
「青森ドクターヘリ、病院まであと3分」
「鉄塔に気をつけて帰ってください」

CSは八戸消防と十和田消防に電話を入れ,ドクターヘリミッション中止と伝えた。
患者が病院に到着したのは,それから25分後だった。

女の子は,重症だった。
初療室から、あらゆる検査と治療を全開フルスロットルで開始した。
救命救急センターに入院してからも,さらに集中治療が続く。

みんな応援しているぞ。
大勢の大人が応援しているぞ。
空からも陸からも応援しているぞ。
だから,助かってくれよ!

サケを釣って卒倒

2009年11月20日 21:26

11時47分、おいらせ町からドクターヘリ通信司令室にホットラインが入りました。
海釣り中の男性が卒倒したとの要請で、救急車とドクターヘリが同時出動しました。

11時52分離陸。ドクターヘリは海岸を目指して飛びます。
太平洋は白波が立っていますが、ところどころに釣り人が見えます。
八戸消防本部から無線で入ってきましたが、患者情報は119番通報の内容だけでした。

ランデブーポイントは海岸近くの公園でした。
近くの海岸には、八消救急8と書かれた救急車が止まっています。
この近くが現場に間違いありません。

「青森ドクターヘリ1から八消救急8どうぞ」
しかし応答ありません。

EC135は左旋回して、ランデブーポイントの公園上空に向かいました。
公園中央の芝生で救急隊員が、両腕を水平に上げて高度100mのドクターヘリを見つめています。

「ここから救急車まで、500m走るよ!それぞれ肩に背負って行こう」私は声を掛けました。

急に整備士が言いました「着陸地点変更。海岸線の堤防がいけそうです。」
機長も同調します。「あちらの堤ですね。より救急車に近い」
「えっ!?」

EC135は高度を下げて着陸態勢に入ります。真下は、堤防の平らな上面です。
「すごい!」看護師から驚きの声が漏れました。

「メインローターは止めません。浮力を維持します。
ドクター・ナースのみ投入です」整備士から指示が出ました。
「ドクター、ナースは低い姿勢で、すぐにヘリから離れて下さい」
機長は「ランデブーポイントに先に向かって待っています」
「あとで救急車で向かえばいいですね」と私が聞くと
「その通り」

12時00分、EC135は幅の狭い防波堤の上へ静かに着陸した。
最初に光銭医師、次に私、そして看護師が降りる。それぞれのスピードで走り出した。

地面は雨でぬかるみ、海の岩が不自然な地形を見せている。
転んでは話にならない。私は走る速度をすこし抑えたが、看護師は追い抜いて行った。

50mくらい走って救急車に到着した。
勢い良くドアを開けると……… 誰もいない!!!!!

光銭医師は呆然としている。
「患者はどこ?」看護師も困惑している。
「さあ?」光銭医師は首を傾げるしかない。

みんなで周りを見渡した。
救急車は堤防の内側で低いところにあり、すり鉢の底みたいで視界が利かない。

私は、「きっとあっちだ」と叫び、堤防に駆け上がった。
「テトラポットの先に人だかりが見えた。きっとあれだ」
光銭医師と看護師も早かった。きびすを返して走り出す。

テトラポットをつなぎ合わせた桟橋が、沖に向かって100mほど突き出ていた。
桟橋の幅は4mくらいで、両側には釣り竿が無数に置かれている。
テトラポットが高さもまちまちで、それぞれの間に大きな隙間が空いている。
私の半長靴は今日も威力を発揮している。
安全に配慮して、少し速度を落として進んだ。

桟橋の先端付近に、人の集団があった。救急隊だ。
息を切らせながら、3人で接触する。

「CPAです」という叫び声が耳に入った。彼らも現場到着したばかりらしい。
患者情報が伝わってこなかった理由がやっと飲み込めた。
ドクターヘリと救急車が、ほぼ同時に現場到着したのだ。

「目撃あり、バイスタンダーCPRナシ」隊長が叫ぶ。
「ACLS開始!」私は宣言した。
光銭医師は気管挿管。私は輸液とエピネフリン投与だ。
救急隊はまだ汗をかいていない。先ほど到着した証拠だ。

波形は心静止。超音波検査で心嚢液なし、大動脈解離も見えない。
そして2分後、装着したAEDが反応した。

「VFだ!ショックするぞ」
「150J充電。離れて!」
「ショック!」

「2分間CPRをしたら、現場離脱しましょう」私が言った。
先ほど来た道。テトラポットの上を注意深く進んだ。
患者のそばには、タモに入った巨大なサケが横たわっていた。

日本航空医療学会2009 その2

2009年11月19日 21:11

前回に引き続き,日本航空医療学会での発表をご紹介します.
本日は,河野医師による発表です.



この発表に対しての質疑は少なかったようです.
きっと最後のスライドに開いた口が塞がらず,声にならなかったのでしょう!?